狙ったタイミングで、混合気の持つエネルギーを余さず膨張行程に生かすために、確実に火を飛ばす。アイドリングからレッドゾーンまで、着火の確実性を担保するための仕組みはどうなっているのだろうか。
自動車の黎明期から、点火エネルギーは電気を用いてきた。点火プラグに流す高電圧は、自己誘導作用と相互誘導作用という、ふたつのコイルの特質を用いて作られている。
コイルに電流を流しコイルを磁化すると、周囲には磁界が発生する。電流を遮断すると当然コイルは消磁し始めるが、電気には慣性力のように現状を維持しようと働く作用(起電力)があり、瞬間的に高電圧が生じる。これを自己誘導作用と呼ぶ。回路内に流れていた電流値が大きいほど、遮断する時間が短いほど、高い電圧を発生させることができるのが特徴だ。
いっぽうの誘導相互作用とは、鉄心を同一としたふたつのコイルにおいて片方のコイルで回路を断続すると、もう片方のコイルにも起電力が生じるという現象。このとき、ふたつのコイルの巻数を異ならせると、発生電圧を増幅させることができる。点火コイルの場合には、直流12Vを印加する一次側コイルの巻数に対して、二次側コイルの巻数をおよそ100倍とし、数万Vを発生させている。容易に想像できるとおり、一次側へのエネルギーを高めれば、二次側の出力も大きい。一種のトランス(変圧器)とも言えるこの点火コイルを用いて点火プラグに着火させる仕組みは、現代においても基本は変わらない。点火装置の進化は、機械的な信頼性の追求、高回転運転時の着火遅れへの対応、高エネルギー生成のための工夫など、この自己/誘導相互作用をいかに効率的かつ確実に実現するかという繰り返しであった。
点火装置の進化の理由もほかの補機の流れと同様に、メカニカルからエレクトリカルへの流れである。機械仕掛けではどうしても一定の性能を維持するための定期的なメインテナンスが必要であり、ドライバーにも知識が要された。天候や温湿度によっても好不調がある。電子機器の進化と低廉化の恩恵を受け、いまや点火装置はどのように動作しているかを知らなくてもまったく問題がないほどに、長寿命高度化を果たしている。