ホンダ・ヴェゼルとトヨタC-HRという二大巨頭がシェアをリードするコンパクトSUV市場において、オリジナリティ溢れるボディデザインで長期にわたって販売されたジュークの跡を受け投入された日産キックスは、e-POWERという日産独自の魅力で勝負に挑む!
REPORT●石井 昌道(ISHII Masamichi)
PHOTO●平野 陽(HIRANO Akio)神村 聖(KAMIMURA Satoshi)
※本稿は2020年7月発売の「日産キックスのすべて」に掲載されたものを転載したものです。
ジュークの後継車として国内に投入されたキックス
2010年デビューの日産ジュークがブレイクして以来、コンパクトSUV市場は拡大の一途をたどっている。13年にホンダ・ヴェゼル、15年にマツダCX-3、16年にトヨタC-HRが発売され、車種バリエーションも大幅に増えた。このクラスのパイオニアともいえる日産は、ジュークの実質的な後継車としてキックスの日本導入に踏み切った。
キックスは16年にブラジルで発売され、メキシコ、中東、中国などで人気となっているモデルであり、なぜいまさら日本に?という疑問もわくが、日本での使用環境などを考慮し、ちょっと大きくなった二代目ジューク(欧州で19年に発売)よりも適切だと判断、日本専用に大規模新規開発を行なったのだという。デザインを一新するとともに、日本における日産車の伝家の宝刀ともいえるe-POWERとプロパイロットを採用。その内容を知るにつれ、なるほどこれは正解だろうと納得していった。実車を目の当たりにすればその思いが強くなる。ジュークは、そのデザインコンシャスなスタイルで爆発的な人気となったが、徐々にそれは落ちていった。C-HRも似たような傾向にある。アクの強いデザインは好き嫌いが分かれるので売れ方が一発屋的になるのだろう。それに対してキックスはSUVらしい逞しさと都会的な洗練性が融合したスタイルで、誰もが素直にカッコイイとうなずける。飽きが来なさそうで息の長い人気を得そうだ。コンパクトSUV市場をさらに拡大する予感がある。
そんなキックスのライバルとして連れてきたのはC-HRとヴェゼルのハイブリッド、そしてマツダCX-30のディーゼル。いずれも評価が高く、光る個性も持ったモデルたちだ。
直列3気筒DOHC/1198㏄
最高出力:82㎰/6000rpm[モーター:129㎰]
最大トルク:10.5㎏m/3600-5200rpm[モーター:26.5㎏m]
WLTCモード燃費:21.6㎞/ℓ
車両本体価格:286万9900円
モーター駆動のe-POWERの良さをさらに磨き上げた。
ノートでお馴染みのe-POWERは、ユニットこそ同一なもののモーターの出力を80kwから95kwへと増強。また、ノートに比べるとエンジンの使用回転数をあえて高めにすることで始動頻度を減らし、静粛性を高めているという。確かに、街なかを想定した走行ではエンジンが一度停止するとなかなか掛からずに長めのEV走行が可能だった。e-POWERに乗ると電気モーター駆動の素晴らしさを堪能できるが、BEV(電気自動車)と違うのがエンジンが掛かり、わずかながらも静けさが損なわれるのが少々惜しい。キックスはe-POWERの制御でそれを抑えようとしているのだ。
さらに、キックスの試乗で印象的だったのがエンジンの音自体がノートに比べてずいぶんと小さくなっていることだった。直列3気筒の音質としては同じなのだが、エンジンが遠くにあるような感覚で気になりづらくなっている。少なくとも街なかや郊外路を普通に走っているぐらいならばエンジンが始動しても気にならないレベルだろう。アクセルをいっぱいに踏み込んでエンジン回転数が高まってくればそれなりに騒々しくなるが、電気モーターが強力なのでそこまでパワーを求めることは少ないはずだ。
また、電気モーターはエンジン車に比べて圧倒的にレスポンスがいいのも魅力で、少ない右足の操作でも余裕たっぷりで思い通りに走れる。いわゆるドライバビリティはエンジン車ではあり得ないほど優秀だ。
アクセルを全開にした時の速さもかなりのもの。0-100㎞加速の公式記録は不明だが、手元で測ってみると8秒前後といったところ。一般的に実用車では10秒を切れば十分な速さだといえる。ちなみにマツダ・ロードスターやトヨタ86といったライトなスポーツカーと同等だ。日常的な走行で最も加速力を必要とするのはETCゲートで20㎞/h程度まで落として再び高速道路本線に入っていく時などだが、アクセルを半分も踏めば余裕で流れに乗っていける。
エンジン音が静かなのに加えて、ロードノイズもかなり抑えられていた。自動車のノイズは、エンジンなどのパワートレーン系、タイヤと路面の接触で起きるロードノイズ及びタイヤのパターンノイズ、風切り音に大別できるが、前述のふたつが静かなので、相対的に風切り音がやや目立つ。それでもトータルとして、このクラスでは静粛性が高いと言えるだろう。
シャシーにも日本仕様独自の手が入っていて、乗り心地は概ね良好。凹凸が連続する場面ではそれなりに上下動はするのだが、鋭い突き上げがなく、動きがゆったりとしているので不快に感じないのだ。
コーナーではスポーツカー的にサスペンションの硬さでロールを抑えつけてはおらず、素直な乗り味。だからといってワインディングロードで運転を楽しめないかといえばそうでもない。不安になるほどロールするわけではないのに加え、シャシー制御がかなり効果を発揮しているのだ。タイヤの限界を超えてアンダーステアやオーバーステアが出そうになるとブレーキ制御でそれらを抑制するのだが、攻めてみると効きが実感できて楽しい。例えばコーナー立ち上がりでアクセルを踏み込んでいってもパワーアンダーステアに陥りにくく、逆に旋回力が増したりもするのだ。
直列4気筒DOHC/1496㏄
最高出力:132㎰/6600rpm[モーター:29.5㎰]
最大トルク:15.9㎏m/4600rpm[モーター:16.3㎏m]
JC08モード燃費:25.6㎞/ℓ
車両本体価格:286万2037円
ライバルもそれぞれに独自の個性が魅力を放つ
シャシー性能に関してはC-HRもなかなかのものだ。SUVであってもスポーティに仕上げており、ハイスピードコーナリングも意外なほど得意。だからといって無用な硬さを感じさせるかといえばそんなことはない。TNGAによる新規プラットフォームは低重心化などで基本的な運動性能を引き上げており、なおかつC-HRはダンパーなどの質も高いので思いのほか高度なシャシー性能を持っているのだ。
ハイブリッドに関しては世界で最も量販しているトヨタだけあって完後に乗ると、いささか古さを感じさせる。EV走行での巡航から少しアクセルを踏むだけでもエンジン始動して、それが少々やかましく、しかも回転上昇に対して望んだトルクが出てくるまでにタイムラグがある。静粛性に欠けるとともにレスポンスも今ひとつなのだ。
ただし、トヨタのハイブリッドもカムリ以降の新世代ではエンジンも電気系も大いに改善されており、見違えるほどのレスポンスやドライバビリティ、スポーティさまで獲得している。C-HRでも実用上はまったく問題ないが、シャシーに見合った運転の楽しさを望むのなら新世代ハイブリッドへの換装を期待するのがいいだろう。
モデル末期になっても売れ続けているヴェゼル。その理由は飽きのこないデザインを始めいろいろとあるが、走りにもあることを再確認した。プラットフォームの世代としては古いものの、幾度かの改良によって今でも一線級なのだ。キックスやC-HRに比べると、少しだけ入力感が尖っているかな? という気がするものの、決して不快ではない。スポーティでもあってバランスに優れたシャシー性能なのだ。
ハイブリッドシステムはDCT(デュアルクラッチトランスミッション)にモーターを組み合わせた1モーター式。走らせればあまり電気感はないものの、有段ギヤのDCTらしいリニアで気持ちのいい加速をみせてくれる。ホンダらしいのはエンジンサウンドもスポーティで、アクセルを踏むドライバーを楽しませてくれること。ゼロ発進では100%電気モーターのキックスに敵わないが、エンジンを高回転まで回した時には速さでも肩を並べる。もともとスポーツカーが好きだというドライバーからは歓迎されるシステムだろう。ただし、巡航走行などからシフトダウンが必要なぐらいの加速を要求した時には、アクセルを踏み込んでからトルクが立ち上がってくるまでのタイムラグが気になることもある。シフトダウンがそれほど素早くないからだが、そんな時はパドルシフトでマニュアル操作すればストレスもない。とにかくドライバー主体で、運転操作そのものも楽しむべきモデルなのだ。先進的なe-POWERに比べると古典的だが、これはこれでアリだろう。ところが、そう遠くない将来にでてくる次期モデルはe:HEVになる見込み。1モーター式がなくなってしまうのはちょっと寂しい気もする。
CX-30は今回の中では0.5クラスぐらい上の存在だろう。ボディサイズとしてはわずかに大きいぐらいで、街なかでの使い勝手などはそれほど変わらないだろうが、価格的には1〜2割ほど上。プチプレミアムカーといったところなのだ。
それもあってインテリアのデザインや質感などは4車の中で圧倒的に高く、ここだけでも20〜30万円程度のエクストラコストはまったく惜しくないと思える。
シャシー性能でもやはり0.5クラス上という印象はあり、路面からの突き上げ感を上手に丸めた質の高い動きをする。ノイズに関しても絶対的に静粛性が高いだけではなく、何かが突出して耳につくようなことがないバランスの良さが光る。
コーナーではマツダらしいハンドリングへのこだわりがうかがえた。サスペンションが突っ張るようなことはなく、ステアリング操作に対して極めてスムーズかつ素直にコーナリング姿勢に入っていきつつ、前後のタイヤをバランス良く接地させて高い横Gを発生させる。SUVだということを忘れさせるスポーティなハンドリングだ。これを快適な乗り心地と両立させているのが高度なところでもある。
今回は唯一ハイブリッドではなく、ディーゼル+6速ATとなるが、街なかから郊外路、高速道路での日常を想定した走行での満足度は高かった。ディーゼルとしてはエンジン音が静かな部類で、ヴェゼルと同じく有段ギヤだけあって速度や負荷に対してリニアに増減するので自然な感覚なのだ。キックスのe-POWERはエンジン音が気にならないレベルではあるものの、ブーンっと一定回転で回っていることに少しだけ違和感がある。ただし、今となってはギヤが少ない6速ATというのが惜しい。巡航からちょっと強めの加速に移ろうとする際など、シフトダウンを伴うと思いのほか回転数が高まったりするからだ。
また、低・中回転ではトルクが厚くて頼もしいディーゼルだが、相対的にパワーはあまりないので、いざアクセル全開にしてもそれほど速くはない。それに比べるとe-POWERは超低回転から分厚いトルクがありながら、全開時のパワーも十分。日常域で感じる頼もしさが、ハイスピード域でも持続するのが魅力となっている。
直列4気筒DOHC/1797㏄
最高出力:98㎰/5200rpm[モーター:72㎰]
最大トルク:14.5㎏m/3600rpm[モーター:16.6㎏m]
WLTCモード燃費:25.8㎞/ℓ
車両本体価格:299万5000円
ライバルの今後の動向により競争はより激化していく
今回試乗した4台はどれも優秀で、日本のコンパクトSUVの充実ぶりを確かめることができた。シャシー性能は少しずつ違うが、トータルでは大差はない。キックス以外の3台は乗り心地に不満がない上でスポーティでもある。キックスは街なかでの乗り心地が得意。スポーティさは他ほどではないものの、シャシー制御が効果的なので楽しさがある。上質感だけはCX-30が頭ひとつ抜けている。
パワートレーンは4車4様だった。C-HRは大きな不満はないものの、新世代のトヨタ・ハイブリッドやe-POWERに比べるとレスポンス及びドライバビリティで古さを感じる。ヴェゼルは4台の中で飛びきりスポーティだが、電動車らしさは薄い。CX-30はディーゼルらしい頼もしさがあるが、エンジンを回した時の迫力はない。
パワートレーンではe-POWERのキックスがかなりリードしていると言えるだろう。究極はBEVだということになるが、エンジン音はかなり抑えられているので不快感は最小限であるし、充電いらずで航続距離も十分だというのはメリットになりうる。
そう遠くないうちにヴェゼルはフルモデルチェンジでe:HEVを搭載して、キックスE-POWERとガチのライバルになりそうだし、ヤリスクロスなんていうニューカマーのデビューも控えている。マツダからはCX-30と同等クラスのBEV、MX-30が今年度内にはリリースされそう。日本のコンパクトSUVは今年から来年にかけて群雄割拠の様相を呈することになるのだ。その中でキックスが覇権を握る可能性は決して小さくはないだろう。
直列4気筒DOHCディーゼルターボ/1756㏄
最高出力:116㎰/4000rpm
最大トルク:27.5㎏m/1600-2600rpm
WLTCモード燃費:19.2㎞/ℓ
車両本体価格:324万5000円