海上自衛隊の正面装備、花形装備といえば護衛艦だ。戦闘艦艇である護衛艦は港で補給や整備などをしなければその力を発揮することはできない。その護衛艦の出入港など各種の支援を行うのが「曳船(えいせん)」、いわゆるタグボートで、これを使って業務を行なうのが「港務隊」だ。
TEXT&PHOTO◎貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)
港務隊を英語表記すると「Port Service(ポートサービス)」である。名称どおり、港の機能を一手に引き受ける部隊のことを指す。巨大な護衛艦の出入港を支援し、港内を行き交う物や人の動きを支える。港務隊は、港という大きなインフラを機能させ続ける、縁の下の力持ちといった存在だ。海自では港務を行なうさまざまな種類の船艇をひとまとめに「支援船」と分類、呼称している。
港務隊は大小さまざまなタイプの船艇を使って仕事をしているが、なかでも活躍するのが曳船だ。曳船は、入港してきた護衛艦を自らの舳先でジンワリと押して接岸させたり、出港時には「索(さく:太い綱、ロープ)」で牽引して離岸させて支援する。横須賀港務隊に配備された「曳船YT95」で船長を務めるある准尉は「護衛艦に接すると、艦のドテッ腹しか見えなくなります。だから逆に背後に気を遣いますね」と曳船の特徴を表現する。
護衛艦を接岸させるために曳船の舳先を接すれば、護衛艦の舷側はそそり立つ壁になって曳船の視界を塞ぐ。「いずも」などの巨艦はなおさらだ。出入港時は他の艦艇や民間船舶の通航も関係するから、自分の後ろの状況にこそ注意を向けるのが操船の基本だという。昔の自動車教習では『前方3割。後方7割』などと周囲への注意の向け具合を教えられたが、これと同じだそうだ。
曳船は小回りが効く。スクリューは360度回転する旋回式だ。その操船の極意は自船と他船の能力差や特性を知った上で、相手艦との阿吽の呼吸を図ることだという。また、曳船が「押し・曳き」する場合は風や波など、気象海象の影響を受ける。海に浮かんだもの同士が押し、押されるわけだから、相手の意志を汲んで動くことが必要だ。たとえば『もう少し押してくれ』と護衛艦が無線を介して要望してきたとして、その『もう少し』とはどのくらいなのか? この部分である。曳船の性能と操船技術に加え、意思疎通力といった総合力が必要になる。港務は毎日が本番だ。離岸や接岸、出入港は予定通りできて当たり前だから、より厳しいといえる。
完璧で当然の緊張感の中で自在に曳船を操り、難しい状況の下でも支援するのがやりがい、さりげない出入港支援がモットーだと先の曳船船長は言う。曳船や港務は相手に合わせる仕事だということだ。
相手となる護衛艦に合わせるから海上で待機することも多いそうだ。長時間の海上待機を見越して曳船の船内には生活設備も充実している。曳船はその大小にもよるが多くの場合、船長以下5名で運航している。