408psという最高出力も立派だが、何よりも右足の動きに敏感に反応してくれるのが嬉しい日産スカイライン400Rの3.0Lターボエンジン。瀨在仁志さんは、それを「最盛期のホンダの自然吸気エンジンにレスポンスの良い大型タービンを組み合わせたかのよう」と例える。
TEXT●瀨在仁志(SEZAI Hitoshi)
エンジンの存在意義が、このところちょっと怪しくなってきた。ひと昔前ならビュンビュン回して無理矢理パワーをひねり出したり、大きなターボや、ターボを増やして大量のガスをぶち込んで排気量の何倍ものスペックを実現し、カタログ数字を見るだけでワクワクさせられた。実際にその圧倒的なキャラには、ひと踏みしただけで感動したし、メーカーの技術力の高さにも説得力があった。
そんな時代には日産のRB26や三菱の4G63、NA系にしたってロングストロークでトルクとパワーを上手に引き出したホンダのZCや5バルブ化したトヨタの4AGなど名機と呼べる物はゴロゴロしていたし、滑らかさの上にパンチ力があったり、天井知らずに回るなど、エンジンの存在感が大きかった。
ところがだ、ホンダのエンジンもトヨタのエンジンもいまでは、回り始めたら直噴特有のカチカチ音やゴロゴロと振動が感じられるなど、どうにもいただけない。最近の身近なエンジンは感動も少なければ、主役であるはずのプライドがまったく感じられない。エンジンは発電機に成り下がってしまったのか! と、嘆いてしまうことが多い。
そういえばレースエンジンを組んでいたメーカーのエンジニアに、昔のようにカミソリのように吹き上がるエンジンを作れないの?と、聞くと「いまは黒子よ。パワーよりもネ・ン・ピ」と、HVの陰でひっそりと仕事をさせられていることを嘆いていた。ならばカミソリのようにレスポンスする発電機を作ってくれ。と思ったが、かわいそうなのでやめた。
1台目:日産スカイライン 400R【エンジン:VR30DDTT】
そんななか、目を覚まさせてくれたのが、スカイラインの400Rに搭載された3.0LV型6気筒・VR30DDTTだ。このご時世だから細かな技術の事などはあえて主張せず、車名ですべてをアピール。400ps!(実際のスペックは408ps)です。と。その潔さはエンジンが主役だったころのメーカーのプライドを彷彿とさせるし、なにより電気が主役になりつつあるなかでエンジニアの気迫を感じた。
搭載されるクルマが泣かせてくれる。本来ならスポーツモデルのZあたりがもっともお似合いのところだが、すでにシャシーを使い回して20年は経とうかとしているV37スカイライン・セダンに搭載。ニューモデルごとに大幅に進化させてきているとはいえ、GT-Rのようにトランスアクスルや4WDシステムなど一切ない普通のFRレイアウト。しかも4ドア。
そこにベースモデルの3割増しのパワーが与えられたのだから、不用意に踏み込んでいけばリヤがズルズルと左右に揺れ動く。ベースユニットなら粘り腰のリヤサスをが受け止めてくれるものの、400psは瞬時にパワーが路面を蹴り上げ、それを許さない。
なにより3.0Lとは思えない軽い吹け上がりと、パンチ力は、GT-Rユニットを彷彿とさせるし、右足の操作にもとても敏感。サクッとパワーが切り出せる当たりは、研ぎ澄まされたNAエンジンをも凌駕するほど。ひと言で言うなら最盛期のホンダの自然吸気エンジンにレスポンスの良い大型タービンを組み合わせたかのようで、古き良き時代がいまに蘇る。メーカ-の技術力の高さを改めて教えてくれて、エンジンの存在感充分。空白の30年を埋めてくれた貴重なパワーユニットなのだ。
2台目:BMW M2 コンペティション【エンジン:S55B30A】
2番目はBMW・M2コンペティションに搭載される直6・3.0LのS55B30A。そのエンジンフィールは高出力ユニットらしくアイドル付近ではやや硬質で重めなものの、ツインターボの過給が始まると様変わり。すべてのフリクションを振り切るかのように、ストレート6ならではの滑らかさによって、ピークパワーへと一気に吹き上がる。
組み合わされる高速寄りの6MTは各レンジの守備範囲が広く、伸びのあるパワーユニットとの相性は抜群。最小限の変速操作に加えて、息の長い加速が楽しめることで、どんなステージでもパワーをフルに使い切ることができる。
3台目:マツダ・ロードスター【エンジン:P5-VP】
これとは逆に限られたパワーを小刻みに引き出し、小排気量を感じさせない走りを楽しませてくれるのがロードスターだ。搭載されるP5VPユニットは1.5L自然吸気エンジンながら、軽量フライホイールや6速で直結状態となるクロスミッションの組み合わせによって、切れ味の良さを徹底追求。1トンを前後する軽量ボディとの相性の良さもあって、パワーの使い切り感と、パワーバンドを外さない効率の良さでFRスポーツの走りを存分に楽しませてくれる。
1.5Lエンジンゆえにフロント荷重も軽く、肥大化、電動化する重量級モデルでは味わえない、軽快なハンドリングも実現。小排気量、軽量エンジンだからこそ可能となる、走りの気持ちよさもあり、エンジンの存在意義はパワーばかりではない事を教えてくれている。昔のようにパワースペックに感動することはなくても、走り全体を俯瞰してみれば、しっかりツボを押さえている。こんな生き方も環境性能を追求するこれからのエンジンの答えのひとつに違いない。
【近況報告】
最近散歩に出かけることが多い。ぐるぐると家の近所を歩くのだがオープンしたての『トキワ荘漫画ミュージアム』周辺もそのルート内。散歩にかこつけてラーメン屋に入るのもお目当てのひとつだが、街中華の値段がとにかく安くてうまい! 大盛りを頼んでもワンコインでおつりがくる店がゴロゴロ。こんな街だからこそ『小池さん』が生まれたのね、と思わず納得。若き漫画家先生たちのお腹を満たしてくれていた街中華が、いまだにほとんど変わらぬ値段でやっているかと思うと、老店主に頭が下がってしまう今日このごろです。
【プロフィール】
日本カー・オブ・ザ・イヤー(COTY)2020-2021選考委員。子どものころからモータースポーツをこよなく愛し、学生時代にカート、その後国内外のラリーやレースに多数参戦。スーパー耐久レースではふたつのクラスで優勝経験をもつ。モータージャーナリスト活動は30年以上で、得意とするジャンルはサーキット試乗やタイヤインプレッションなどの走り系。クルマ以外に愛しているものはラーメンと瓶ビール。
『気持ち良いエンジンならこの3台』は毎日更新です!
内燃機関は死なず! 世の中の流れは電動化だが、エンジンも絶えず進化を続けており、気持ちの良いエンジンを搭載したクルマを運転した時の快感は、なんとも言えないものだ。そこで本企画では「気持ち良いエンジンならこの3台」と題して、自動車評論家・業界関係者の方々に現行モデルの中から3台を、毎日選んでいただく。明日の更新もお楽しみに。(モーターファン.jp編集部より)