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空冷エンジンのバイクはやっぱり楽しい。今や希少な存在になりつつある空冷モデルを振り返る。


ガソリンから電気へ。世界で広がる、自動車の脱内燃機の流れは、バイクに乗る者にとっても他人事ではない。自動車のように〇〇年から新車販売禁止(ノルウェーは2025年、ドイツは2030年etc.)、といった時期こそ明確になってはいないが、排ガス規制の厳しさもあり、日本でも空冷エンジンを搭載するバイクのラインナップは年々減少。ホンダが電動スクーター「PCXエレクトリック」をリリースするなど自動車と同じEV化の流れを追いかけているのが実際のところだ。


そんななか、久しぶりに250ccの空冷シングルに乗る機会があった。ライダーにとってバイクらしさの原点とも言える、最もシンプルな内燃機関は頼もしく、特有の味わいが同居して心地よかった。今回はそんな消えゆくテクノロジー〝空冷シングル〟に焦点を当ててみたいと思う。




REPORT●大屋雄一(OYA Yuichi)

バイクはなぜ楽しい、市販車のルーツをたどる。

 先日、マットモーターサイクルズのマスティフ250に試乗し、バイクを操縦することの根源的な楽しさを思い出した。その最たる要素は空冷の4スト単気筒エンジンにある。250ccとしては飛び抜けてパワフルでも低振動でもないが、ピストンの下降によって生まれる吸気音、一回ごとの燃焼で発せられる排気音、バルブを押し下げるカムシャフトのメカニカルノイズ、リヤタイヤがアスファルトをリズミカルに蹴り出す感触……。それら全てがシングルシリンダーの内燃機関であることを伝えてくるのだ。実に心地良く、気が付けば返却場所までのルートを遠回りしていた。




 さて、バイクの根源的な楽しさとはそもそも何なのか。それを紐解くため、簡単に歴史を振り返ってみよう。まず、世界初の量産二輪車と言えばヒルデブラント&ヴォルフミュラーだが、この歴史的なモーターサイクルのエンジンは水冷だった。1894年のことだから、今から120年以上も前の話だ。当時はまだ内燃機関の黎明期であり、その進化は冷却との戦いでもあったようだ。パワーが出せる、ひいては平均速度が上がったために走行風を積極的に利用できるようになったこと、また鋳造などの製造技術が向上したことで空冷が実用化されたとも考えられる。そして後に、バイクの世界では最もシンプルな空冷の単気筒がエンジン形式の定番の一つとして成長を続け、1950年代前半までは世界グランプリの最上位クラスでも大活躍していたのだ。

量産二輪車としては世界初とされるヒルデブラント&ヴォルフミュラー。1894年に誕生し、3,000台以上が生産されたと言われる。搭載されていたガソリンエンジンは約1,500cc(!)の水冷2気筒だったから、空冷シングルよりもハイテクだったのだ。
イギリスのノートンが手掛けたマンクス500。空冷4スト単気筒はベベルギヤカムトレーンを採用。GP創世記の1950年から3年連続でメーカーズチャンピオンを獲得した。

 空冷という冷却方式における最大のメリットは、何と言っても構造がシンプルなことだろう。ラジエーターやウォーターポンプといった補機類は不要であり、エンジン内部に水路を持たないので製造コストが安い。また、冷却水が燃焼室に入り込んだり、エンジンオイルと混じり合うといったトラブルは皆無だ。付け加えると、冷却水の定期的な交換が不要となるので、メンテナンス費用を抑えられるというメリットも見逃せない。

ホンダの現行ラインナップにおいて、126cc以上で空冷エンジンを搭載する唯一のモデルがこのCB1100だ。冷却性能を補うために大型のオイルクーラーを装備する。

 一方、デメリットはやはり冷却性能だ。多気筒エンジンを例にすると、並列4気筒なら中央の2番と3番のシリンダーが、V型4気筒ならリヤバンクの二つのシリンダーが、走行風を受ける量が少ない分だけどうしても冷えにくい。そこで冷却方式を水冷にすると、4つのシリンダーの温度を揃えやすくなり、それぞれの燃焼状態を近付けることで、結果的にパワーアップや燃費の向上、低振動などにつながるという。とある技術者に聞いたところ、「水冷は単純にエンジンの温度を下げるというよりも、適正な温度に安定させるために選んでいるといっても過言ではないんですよ」と、コメントしてくれた。また、シリンダーの周りにウォータージャケットがあることの消音効果も無視できないという。

 ここで燃費の向上というワードが登場した。4輪ほどシビアではないものの、内燃機関の進化において避けて通れない問題だ。さらに騒音の法規制、そして年を追うごとに厳しくなる排ガス規制、環境性能の話まで加わると、今や空冷は生き残りづらい状況となっている。実際、国内4メーカーのラインナップを見てみると、空冷シングルで251cc以上の小型二輪はヤマハのSR400が唯一で、125cc超250cc以下の軽二輪でもヤマハのセローとトリッカー、カワサキのKLX230の3機種のみ。海外勢に目を向けてみても、空冷単気筒はロイヤルエンフィールドとSWMぐらいしかないことからも、どれだけ希少なエンジン形式かが分かるだろう。

空冷シングルのアイコン的な存在であるヤマハ・SR400。1978年に誕生し、昭和、平成、そして令和と生きながらえてきた稀有なモデルだ。
レーサーレプリカブームの真っただ中、1985年に誕生したセローも、2020年1月に発売されたファイナルエディションをもって長い歴史に幕を閉じる。

 スズキは2020年4月にジクサー250/SF250というニューモデルを発売した。搭載しているのは新開発のSOHC4バルブ単気筒で、冷却方式は水冷でも空冷でもなく、伝家の宝刀である油冷を採用する。ただし、かつて全盛を誇った油冷エンジンとは異なり、シリンダーに空冷フィンは一切なし。つまり、外観はまるで水冷エンジンのようなのだ。ポイントは燃焼室を取り囲むように設けられたウォータージャケットならぬオイルジャケットで、これによって高い冷却効率を獲得。その結果、水冷並列2気筒のGSX250R(24ps)よりも高い26psを発生することに成功した。

スズキの意欲作であるジクサー。フルカウルのジクサーSF250は4月。ネイキッドのジクサー250(写真)は6月にリリースされた。
新設計の油冷単気筒エンジンは、水冷のように燃焼室の外周に通路を設け、水ではなくオイルを通すことで冷却する仕組みだ。旧世代の油冷方式とは異なり、シリンダーの外側には空冷フィンが存在しない。
セローよりもハードなオフロードライディングを想定したKLX230。232ccの空冷SOHC2バルブ単気筒は19psを発生する。

 こうして活路を見出したスズキは、おそらくこのエンジンでバリエーションモデルを増やすだろう。ヤマハは、セロー250のファイナルエディションを2020年1月に発売し、これで本当に生産終了となる。おそらく同型エンジンを搭載するトリッカーもこれに追従するだろう。根強い人気のSR400については、2021年10月に適用されるABSの義務化によってどう動くかが注目されている。カワサキのKLX230は2019年10月に発売されたばかりで、義務化を見越してABSも採用されているからしばらくは安泰だろう。

 国内ラインナップの軽二輪クラス以上において風前の灯火である空冷シングル。2024年にスタートするユーロ6、そして冒頭で触れた内燃機関の販売禁止といった今後のスケジュールを鑑みるに、このエンジン形式が新設計されることはほぼないだろう。新車で手に入れるなら今しかないのだ。

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