空気や混合気という流体にも質量があり、動き出したらすぐには止まれない性質(=慣性)が働く。これらを上手に用いて吸排気管は設計されている。その仕組みをご紹介しよう。
TEXT:近田 茂(CHIKATA Shigeru) ILLUST:熊谷敏直
本来は吸・排気トータルでの話をすべきであるが、排気に的を絞って言及するなら、エンジンのパワーを追求する上では、できる限り抜けのよいエキゾーストパイプが理想的である。キャタライザーやマフラーの装備は排気抵抗になりマイナスの作用をしてしまう。いずれの部品もその効果を発揮するためには、排気抵抗にならざるを得ず、パワー追求と排気ガスの浄化や排気音の消音は、常にトレードオフの関係にあるのだ。
その中で、排気マニフォールドの径や形状そして長さは、特にバルブオーバーラップ時の排気促進に貢献させる上で重要な役割を発揮する欠かせない要素となる。前述の通り排気バルブを抜け出た排出ガスは排気ポートからマニフォールドの中に放たれると、排気圧の高いところと弱いところとが脈打つように順次流れていく。その脈流に着目すると、排気バルブ付近において、ちょうど交通混雑でクルマが渋滞した様な時と、逆にスイスイと高速で流れ吸い出される様な、負圧状況を繰り返す。トルクを必要とする回転域において、バルブオーバーラップのタイミングと負圧状況となるリズムを上手くマッチさせれば吸排気効率の向上に好都合となる。それがマニフォールドの管長でコントロールできるのだ。
気体(本稿では吸排気のガス)には質量があり、この質量によって慣性力(等速運動しようとする力)が発生する。この慣性力に起因する動的現象を慣性効果と呼ぶ。吸気バルブが開き、ピストンが下降を始めると負圧が発生し(右)、ポート中の新気は加速されながらシリンダー内に流入する(中)。この時、気体には質量があるため、ピストンが下死点を過ぎて上昇し始めても、新気がシリンダー内に流入しようとする(左)。この現象を吸気の慣性効果という。
一方、排気バルブが開き、燃焼ずみのガスが噴出し、ピストン上死点を過ぎて下降し始める。この現象が排気の質量による慣性で、さらに排気を続けようとする。この現象を排気の慣性効果という。
慣性効果を排気管内のガスの密度変化で見てみる。まず排気管内の気体密度が一様な状態から始まり(A)、排気バルブが開いて排気行程が始まる(B)。バルブ近くの気体は吸い出されて、気体の圧力が高い層が形成される。当然、これに(連続的に)隣接する部分の圧力密度は相対的に低いことになる。こうして粗密波が形成される。
粗密波はほぼ音速でエキゾースト・マニフォールドの集合部側に伝達され(C)、反射して戻ってくる。このようにして圧力密度の高い部分と低い部分ができ、排気バルブが閉じられる直前にバルブ付近の密度が低いと、より多くのガスをシリンダーから引っぱり出すことができる(D)。無論、連続してバルブが開閉している場合、バルブ開時にも同じ状態が起こることになる。
排気のもつ質量を利用し、排気効率を向上させようというのが慣性排気の考え方。排気も気体であるから、当然、質量を持ち、可圧縮性流体である。すなわちばねと質量による振動系を形成する特性がある。これを利用して排気管内に排気の振動現象を起こし、排気バルブが閉じる瞬間に排気ポート周辺の圧力が低くなるようにすればよい。
しかし、エンジン回転数によっては逆効果が生じることがあるので、バルブタイミングと排気管の長さ、太さの選定には注意が必要となる。一般には最大トルク発生回転数で慣性排気現象を最も活用するよう設定される。
脈動流の波長はパイプの長さと太さによって決まる。パイプが短ければ波長は短く、長いと波長も長くなる。またパイプが太ければ波長は短く、細ければ波長は長くなる。つまり太くて短い排気管ならばパワーバンドは高回転側にシフトし、細くて長い排気管ならば低回転側にシフトする。
蛸足とよばれるマニフォールドの代表的デザインは、4気筒すべてを、理想とする等長設計したものである。さらにマニフォールドは基本的には4-2-1と集合されることが多いが、他の気筒の脈流を活用する排気干渉を考慮してデザインされたものや、ポート部やマニフォールド部にバイパスパイプやレゾネーターを設ける例も見られる。
ただ、現時点では排出ガスの浄化が優先される傾向が強く、キャタライザーを早期活性化させるために、排気熱を即座に伝えやすいところにレイアウトすることが優先され、マニフォールド直下、あるいはマニフォールド一体型のキャタライザーも登場してきているのが現状であり、エキゾースト・システムのデザインによって理想的な出力特性を追求できる余地がスポイルされてきているのも事実なのだ。