農林業や造園業で使われている草刈機やチェンソーの多くは、動力源にエンジンを搭載している。手持ちで使われるそれら機械が搭載するエンジンは、自動車とは全く異なる独自の方向に進化している。
TEXT:川島礼二郎(KAWASHIMA Reijiro)
農林業や造園業などで使われる、雑草を刈り取るための手持ち機械が、草刈機(業界では刈払機と呼ばれる)。木を切り倒すための手持ちの機械はチェンソーだ。これらの機械は多くの場合、動力源にエンジンを搭載している。そこで使われるエンジンは、当然のことながら、自動車用エンジンとは異なる要件のもとに開発されてきた。
手持ちの機械に搭載されるから、絶対的に軽量であることが求められる。また様々な角度で使用されることから、基本的に地面と垂直でいられる自動車用エンジンにはない潤滑面での問題に直面する。普通の4ストロークエンジンでは焼き付いてしまうのだ。軽量であることへの強いニーズと潤滑対策、それに排ガス規制の関係もあり、これらの機械では現在も圧倒的な多数派は2ストロークエンジンである。
ところが、エンジン式チェンソーの世界シェア第1位を誇るドイツの老舗メーカーSTIHLは、そこに4ストロークエンジンも投入している。それが今回ご紹介する『4-MIXエンジン』である。手持ちの農林業機械も環境問題からは逃れられない。今から約20年も前の2002年に将来を見据えて、燃費を高め、有害排出ガスを極力削減するために開発された。ガソリンとオイルの混合燃料により稼働するSTIHL初の4ストロークエンジンである。4ストロークエンジンと2ストロークエンジンの長所を組み合わせたことで、大トルクと有害排出ガスの大幅な削減を実現している。
『4-MIXエンジン』が画期的なのは、混合燃料がシリンダーヘッドのバイパスチャネルを経由してエンジンに行き渡る点にある。ピストンが上昇するとクランクケース内には負圧が発生する。それによりキャブレターから流入した混合燃料の一部が、バイパスチャンネルを通じてクランクケースに流入する(図左)。爆発・燃焼後にピストンが下降すると、今度は逆にクランクケース内の混合燃料がバイパスチャンネルを通じてシリンダーヘッドに押し戻され、新たに吸入された混合燃料と共に燃焼室へと吸入される。
この仕組みにより『4-MIXエンジン』は、どのような角度で使用してもオイルがエンジン全体を潤滑できるようにしている。混合燃料がクランクケース内も潤滑するから、オイルポンプ・オイルフィルター・オイルタンクを装備していない。そのため一般的な4ストロークエンジンと比較して遥かに軽量・コンパクトである。またオイルの点検・交換・処分という面倒なメンテナンスからも解放される。ちなみにオイル:燃料の混合比は1:50と一般的な2ストロークエンジンと同程度である。
一方で『4-MIXエンジン』は、もう一つのニーズである軽量化にも挑戦している。それがポリアミド樹脂製バルブタイミングギアの採用である。スズキのスクーター「チョイノリ」と同じく、カム山までもポリアミド樹脂製とすることで、軽量化を実現している(下図の11番)。
燃料を効率よく燃焼させることができる4ストロークエンジンだからヨーロッパの厳しい排出ガス規制をクリアし、有害排出ガスの大幅な削減に成功している。また、4ストロークエンジンならではの高回転時でも心地良いいエンジン音も合わせて実現している。なお、国内において、チェンソー、刈払機等の手持ち式機械に関して、法的な排出ガス規制は存在しない。一般社団法人日本陸用内燃機関協会に所属しているメンバーのみが、ヨーロッパ・アメリカを参考に策定した自主規制に従っているのが現状である。
『4-MIXエンジン』は2002年に登場して以来、日本においては刈払機、ブロワー、高枝カッター10モデルに、海外では高枝カッター、コンビエンジンなど15モデル以上に搭載されている。排気量は最少で28.4cm3、最大79.9cm3である。例えば、刈払機『FS 311』が搭載するエンジンは排気量36.3cm3だが、そのボア:ストローク=43:25と、かなりショートストロークだ。圧縮比は非公開だが、出力は1.4kWと充分にパワフル。同排気量の2ストロークエンジン搭載モデルに近い出力を得ている。
環境問題の先進地域であるヨーロッパでは特に、一次産業においても持続可能性を高めることが求められている。STIHLの『4-MIXエンジン』は理想とすべきエンジンの一つの姿であり、そこにはリーディングカンパニーの矜持が表れている。