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10年を見据えたデザイン 新生フィアット500 デザイン考2


RRからの変わらぬテイストを持ち続けるフィアット500。2020年春に発表されたのは、フルEVとなった4代目フィアット500。相変わらずのデザインは、ファンを安堵させるものでもあるが、カタチの継承にはただならぬ努力が見られる。

 色々と興味深い4代目新型フィアット500だが、ここではデザインの解説を行なっていきたい。


 ところで3代目である現行のFFモデルが登場する際に、そのスピリッツを確認するのにどうしても外せないコンセプトカーがある。2004年に突如としてジュネーブショーに現れた、トレピウーノ・コンセプトだ。そのイタリア語が示すのは、「3+1」。ダッシュボード内部の構造を変更して、助手席側を広くし席を前進させることで、大人3人と子供1人あるいは荷物が載せられるようにしたもの。

2004年のジュネーブショーに登場した、フィアット・トレピウーノ・コンセプト。のちに登場する3代目フィアット500のスピリッツを伝えるモデルでもあった。

できるだけコンパクトにという狙い。わずか3.3mの全長の中で、助手席を前進させ後席にも大人1人と子供が乗れる空間を確保した。

 フィアットの中に脈々と生きる“できるだけ小さく、実用的にしたい”という思いが詰まったパッケージで、全長はわずか3.3mだった。この点こそがまさに500スピリットであり、またフィアットの哲学にも通じるものだ。

FFレイアウトになった3代目

2019年モデルのFiat Star。3代目モデルは、仕様によって様々な装飾が施されるが、このモデルがほぼ基本的な形。

上が3代目で下が2代目。現行のFFレイアウトはかなりプロポーションが違うのだが、短くてもしっかりと存在感のあるフロントフードや、リヤ周りのイメージを似せたり、ウインドウとボディの面責比率を近く見えるようにする(窓を小さく見せる)などにより、500らしさを実現。

 このコンセプトモデルから2007年に登場したのが、3代目フィアット500だ。2代目500の登場からちょうど50年後という時期に持ってきた。


 全長は3.6m程度と少し長くなるものの、必要最小限の4座を確保したモデルとして誕生した。コンセプトのように3+1ではなく完全な4人乗りを前提としているのも、ショーなどへの出品も含めた市場調査の結果ともいえるだろう。


 RRからFFへと大きくレイアウトを変更しプロポーションは変わっているのだが、印象は大きく変わらないように見せている。とりわけ2代目500ではできるだけおおきな容積を持たせようとしたフロントのトランクルームが、うまくエンジンルームに置換できた。


 また、フロントにエンジンを持つ以上、必要になる冷却用のグリルも、さりげなくあしらってみせるあたりも、なかなかのアイデアが折り込まれている。

3代目FFフィアット500。キャラクターラインでボディの上下を分け、下半身に力強さを表現。しかしこれは先代のアイデアでもある。写真はフィアット500ヴィンテージ57で、メッキのバンパー風ガーニッシュを装備。
3代目のFFフィアット500のインテリア。今回はインテリアには触れていないが、樹脂パネルによって初代のような鉄板剥き出しのイメージを演出。写真は500ヴィンテージ57のもので、ルーフカラーのホワイトを共用。


 3代目モデルではFF化、さらに大型化という中で、2代目のイメージを継承するために、コンパクトに見えながらも安定感のある下半身をしっかりと表現する必要がある。


 加えて現代的要件となる燃費性能を実現するためには、高い空力性能も必須で、フロントエンドのローノーズ化やフロントウインドウの後傾化も必要となる。この中で500らしさを強調するのが、ぐるっと一周するキャラクターラインと、モノフォルムではなくキャビンと分離した張りのあるボンネット、そして四隅に踏ん張るタイヤのレイアウトだ。


 加えて、前後のオーバーハングを短く見せることは必須で、FFでありながらもフロントのタイヤから先をできるだけ短く見せるデザインとしている。楕円で側面に回り込むヘッドライトとコンビランプがポイントとなった。どちらも正面からみれば円形に近いが、斜め前方から見るとオーバーハングを隠す効果を見せている。


 さらに2代目ではボディ側面のキャラクターラインはやや後ろに向かって下がっていくが、3代目では前傾。これは空力性能の観点から下げなければならないボンネットに、もっと存在感を与えることができる。また後傾するフロントピラーが与える過度にスポーティな印象も薄めている。


 ボンネットのセンターやサイドウインドウのモール、ドアハンドルなどにクラシカルな要素を織り込むことで、レトロな雰囲気を醸し出している。随所にメッキをアクセントで入れているのも、クラシカルな商品性を高めている。こうして3代目FFフィアット500は、再び市民権を得ることができた。それはレトロルックではあったが、フィアット哲学をじっくりと熟成したモデルでもあった。

そして2020年、4代目EVモデルへと大きな進化

EVとなった新型フィアット500。より安定感のある形とできたのは、サイドウインドウの下のショルダーと呼ばれる部分が、大きく横に広がりどっしりと見えるためでもある。

 そして2020年に登場する新型500は、どうか。とりあえずは実車を見ることができないので、写真からわかることをじっくりと考えていきたい。


 まず、現行の3代目500の考え方が市場で大いに受け入れられたことが、デザイナーにとっても大きな自信につながっていることは間違いない。しかし、大きな挑戦となるのは、10年先を見据えたデザインとして本質の良さで直球勝負をしてきた点だ。単なる継承で造りあげてしまっては、あまりにもクラシカルすぎるということだっただろう。


 テーマやフォルムを継承しながらも、すべての要素や造形はここから世界をリードする、最新で奇抜で、フィアットならではのものに仕立てなければならない。

キャンバスのルーフにFIATのロゴ。

 同時にフィアットとは何なのか、それを熟慮した跡が見える。


 例えば、フロンに記された先代からのイメージを継承しながら末尾の0をeとも読める500のロゴ。


 そして、シート地やキャンバスルーフのFIATの文字によるモノグラム的デザイン。


 こちらは時折ノベルティや広告などでも用いられる、フィアットのアイデンティティに通じるアピールでもあるが、いずれにしてもあしらい方がかなりベタな印象でもある。

フロントに、FIATのオーナメントではなく、あえて"500"の表記。
シート座面とシートバックの表皮にも、"FIAT"の文字をあしらったデザイン。


 しかし、この“ダサカッコよさ”にも、大きなメッセージが感じられるような気がする。フィアット500はFF化した3代目の復活によって、Aセグメントの中でもスペシャルティ、あるいはプレミアムの存在となった。新型ではEVとなることでさらなるハイスペックを手に入れる。


 その中にあって、どうイタリア的表現をすればいいのかわからないのだが、日本的なたとえをあえていうなら“2度づけ禁止”の大阪の串揚げの味という感じか。串揚げの世界には東京なら1万円も出すコースという全く違う姿もあるのだが、あえての庶民の味というべきか。


 そんなものを意識的に織り込んでいるのでは? と感じる。ここは最終的なフィニッシュであり、全体の造形とは違い変更はそれほどは難しくない。それほど「フィアットらしさ」を真正面に考え抜いた形が、ここにあるさらなるエッセンスだ。


 こうしたベタな要素を、いかにフィアットらしくエレガントに見せるか、ここにイタリアを代表する最先端デザインとしての主張があるように思う。 

車としての美しさ極めたフィアット500

フィアット500らしさを継承。しかしその手法はさらなる洗練が加えられている。ちなみにドアハンドルは電磁式を採用している。

 では、新型500はどんなデザインなのか。


2004年に発表されたトレピウーノは、“できるだけ小さくても快適なフィアット500のスピリッツ”を現代に表明しただけではない。問題は前述もしたが、長いフロントオーバーハングをいかに感じさせないかをはじめとした、全体のプロポーションの解決も含まれたはず。


その結果、フロントピラーを前進させ、フードを小さく見せた。オーバーハングは、前述の通りヘッドライト等をサイドに周り込んだ造形とすることで、短く見せた。




 ここでは、RRからFFにするという大作業でも、フィアット500らしく見えるための要素の洗い出しが行なわれた。そしてプロポーションだけでなく、必要最小限のフィアット500らしさの要素が検討されたようだ。だからこそ、その後登場する3代目で多用されるメッキパーツが、ここでは極めて少ない。装飾のない最小限の構成要素で、フィアット500だと理解してもらえるかどうかのリサーチでもあったと見ることができる。ここで、フィアット500らしさの洗い出しは完了しているのだ。


 それをベースに3代目が生まれ、4代目となる新型に至っては、3代目の現行モデルのリサーチも済んでいる。


 その中で最大の課題は、どう見せるか。フルEV化するに当たって、次世代のデザインや新しさの表現に傾注したのだろうか。


 と思いきや、ボディを見る限り、それ以上に感じたのは車としての本質の形を真正面から捉えたようだ。

新型フィアット500の場合、ボディサイドのキャラクターラインの上の面が、ショルダーと呼ばれる部分。ここを後方に行くに従って上向きの面とすることによって、豊かさを表現。

 特徴となるのは、フロントフード先端に見るような空力的洗練もさることながら、ボディサイドのキャラクターラインから上のショルダー(肩)といわれる部分の造形だ。現行型がわりと緩やかに面の方向を変えて後方に伸ばしているのに対して、新型では後方に行くに従って上に向く面を明確にしている。これはリヤのサイドウインドウを後方に向けて強めに絞る形としているところからも構成されている。このリヤ周りのショルダー面によって、さらに上質にそして安定感ある形を生み出した。


 しかし、これには問題もある。一つには後席が狭くなりがちということだが、それ以上にキャンバストップに制約を与えてしまう。キャンバストップの開閉には、線路のように並行なスライドレールをルーフの先端からリヤウインドウ後端側まで通す必要がある。通常ルーフは後方に向かって絞られるものだがキャンバストップのレールは、その最小幅に合わせて設置する必要がある。しかし快適性のためには、できるだけ広くしたい。

リヤピラーがウインドウに呼応して、えぐられた形になっている。これにより、違和感なくピラー後方を一段外に出す形とすることができたようだ。

 そんなことからか、リヤピラー面が工夫されている。絞ったリヤサイドウインドウに合わせるようにリヤピラー面を延長しているように見せ、その先にラインを入れて外側に広げているのがわかる。これは、現行モデルでは明確には見られない造形だ。この薄い折れ線をなくして後方に広がる造形を作ろうとすると、ちょっと厚ぼったい形になってしまうということだろう。


 全体の面構成も、絞って現行型から体脂肪率を下げた印象。フェンダーなどの機能をカバーする部分をしっかりと作りながら、余計な面を削ぎ落とすかたちだ。

キャンバストップはキャンバスルーフを動かすために、支持部を動かすレール部分が並行に前から後ろまで設置できなければならない。

スケッチからもわかるように、面を削ぎ落としてシェイプアップがなされている。

細部も装飾だけのレトロとは決別

ヘッドライトは大きな丸に見せているが、ボンネット上には半円のデイライトを装備。(上)ボンネットのプレスラインは太くシャープな印象に。(右)


 また、アイコニックな要素をそのまま流用することが、はばかられたように見える。


 例えばヘッドライト。大きな丸いヘッドライトは、フィアット500らしく見せるための大切な要素。しかし現状は小さなLEDユニットがあれば、ヘッドライトの役は十分に果たしてしまう。かなり以前から光源を拡散させるリフレクターなどは必要ないものだったが、大きなヘッドライトを表現するためにリフレクターのような飾りの造形がつけられているのが多くの車の姿だ。


 そんな中、大きな丸をLEDのデイライトとしてイメージさせたのが面白い。できるだけ機能で構成し必要のないものは削ぎ落す考え方だ。また、新型でも狙われている“carefree”、日本語で言う「のんき」さの表現にもうってつけだ。


 またフロントフードで前後に伸びるプレスラインも、これまでは細くクラシカルなものだった。仕様によっては、ここにメッキのモールディングを施し、さらにクラシカルな表現としていた。しかし新型では、そうした表現とは決別しより幅広なプレスラインに。むしろプレーンで柔らかなフードにシャープなインパクトを加えている。

フェンダーから突出する左右のウインカー。この存在感を印象深く見せるのが、その後に続くメッキのモールディングだ。

 そんな中で、おやっと思うのがサイドのキャラクターラインにもなっている前後に伸びるメッキのモールディングだ。クラシカルさから決別した潔さからすると、これはなぜなのか。


 モールディン採用の理由となったのは、おそらく先端にあるウインカーのアイデアからだろう。フロントフードのオープニングラインがその後方で面の折れ線によるキャラクターラインにつながるのは、現行型も新型も同様。しかし現行型であった溝から折れ線に移行するときの違和感を、新型車で解消するためのアイデアがウインカーの採用だったようだ。


 ところが、大きく突出するウインカーのアイデアは非常に個性的なのだが、そこから伸びるキャラクターを面構成だけで受けるのではちょっと印象が弱い。メッキのモールディンを採用したことによって、ウインカーの存在感がさらに印象深いものとなった。エッセンスとしてのクラシカルさも、これはこれでちょっと嬉しい。


 こんなように、新型フィアット500は、見れば見るほど色々な思いが見えてくる。

 イタリア的価値観として、美しさを探求するときに原点となるのはビーナス像だという話を聞いたことがある。日本人が昔の建築物や日本の自然などのインスパイアされるように、イタリア人もそうしたルーツを持っている。ビーナス像に表現された髪の毛の繊細さ、体の豊かな美しさ、羽衣の柔らかな表現など、情感的に訴求されるものや、その技法、表現方法の原点がそこにあるのだという。


 この表現の豊かさが、高い質感となる。そんな視点で、2代目の500や600を見て欲しい。剛性や製造のしやすさに配慮してプレスされたボディ面は、確かに潔く軽快ではあるがチープさも感じてしまうはずだ。


 他方で、例えばコーヒーカップやグラスはどのように選んでいるだろうか。手が熱くならないことや、飲みやすいことはもちろんかもしれないが、そこから先はどうか。単純にかっこいいや、綺麗。インテリアに合いそう。食事をリッチに演出してくれそう。


 これらはすべて、色合い、素材、面構成などデザインからのメッセージだ。コーヒーカップの抑揚や素材感、色合い。私たちはそれらを吟味して、どう使いたいかでコーヒーカップやグラスを選んでいる。


 こんな視点で新型フィアット500を見ると、もはや使い倒す実用車ではないことがデザインからも理解できるはず。それは、現行型と比べても格の差を見せつけるほどだ。価格帯的にもかなり高価になることもあるが、コンパクトなプレミアムモデルとして、実に魅惑的な存在となっている。

今回本文で触れなかったが、インテリアは極めてシンプル。それでいて最新の機能を満載しながら、実に上質さを演出している。


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