エンジンの点火時期を、圧縮上死点から遅らせることを「リタード」という。ではなぜ、遅らせるのか? 今回のテーマは「リタード(点火時期遅角)Retard/Ignition Timing Retard」である。
リタード=遅らせることは対処療法である。空気とガソリンを混ぜた混合気は、本来ならもっとも大きな膨張(圧力)を得られるタイミングで燃焼させたい。しかし、止むを得ない理由で点火を遅らせなければならないこともある。燃焼室内の圧力・温度が高くなりすぎていてノッキング(不整着火)が起こりそうなときは、ピストンが下降を始め膨張行程に入ってから点火することが多い。
上のイラストは、ガソリンエンジンの圧縮行程で混合気の温度が上昇し、点火によってその温度がさらに上昇する様子を模式化したものだ。スパークプラグ点火の直後はプラグの周辺だけが燃える。その炎は風船が膨らむように成長し、燃えていない領域へと伝播する。この火炎伝播による膨張圧力を下降するピストンがうまく受け止めれば、大きな力を受けられる。しかし、火炎が伝播する前に、部分的に混合気が高温になって自己着火してしまうノッキングが起きるとエンジンが破損しかねない。
そこで、ノッキングの予兆を検知した場合に点火時期を遅らせる制御が一般的に採用されている。近年ではプラグ点火前に自己着火するスーパーノック(プレイグニッション)という現象が確認され問題になっている。この対策にも点火リタードが用いられる。ただし、点火時期を遅らせるとピストンが燃焼圧力を受け取る時間が短くなってしまい、エネルギー効率をロスする。ノッキング対策が進む理由はここにある。