20年ほど前は「究極のエコカー」ともてはやされながら、最近、ほとんど話題にならなくなった燃料電池電気自動車(FCEV)。かつては世界中の主要メーカーが試作車を仕立て、「量産化間近!」と喧伝していたが、現在までに市販化された乗用車は、トヨタのMIRAIとホンダのクラリティFUEL CELL、ヒュンダイのNEXOの3機種に止まる。今年の秋にはMIRAIがフルモデルチェンジを予定しているが、果たしてFCEVは普及に向かうのか? 今回は、FCEVを普及させる意味について考えてみよう。
TEXT:安藤 眞(ANDO Makoto) PHOTO/FIGURE:TOYOTA
「究極のエコカー」の「エコ」とは、もちろん「エコロジー」のことで、環境負荷が小さいことを意味する。クルマのパワーユニットにとっての環境負荷とは、大気汚染物質の排出と、温室効果ガス(CO2)の排出。このいずれか(または両方)が既存のパワーユニットより小さければ「エコカー」と称して差し支えないだろう。
FCEVの場合、走行中に排出するのは水(および水蒸気)だけなので、大気汚染物質排出の点では「エコカー」と言える。しかし「究極の」と言うからには、CO2排出量の点でも、既存のパワーユニットを凌駕していなければ格好が付かない。
FCEVの燃料となる水素は、太陽光や風水力など再生可能エネルギーを使って発電した電力を利用して作れば(水を電気分解する)CO2フリーとなるから、走行時の効率はどうあれエコだ、という主張があるのは承知している。しかし、効率やコスト、供給量の面では、再生可能エネルギーをメインとするのは現実的ではない。日本では石油精製や苛性ソーダ製造時の副製水素を利用することが想定されており、これならCO2排出の責任は「主役」に負ってもらえる。一方で、欧州では天然ガス改質を前提に計算されることが多い。日本でも、副製水素は「主役」の需要に左右される。FCEVに使える純度99.99%水素を得るなら、メタン改質のほうが容易だし、安定供給もできる。
ところが、天然ガスの主成分はメタン(CH4)だから、ここから水素を取り出せば、同時に炭素が出てきてしまう。天然ガス改質の場合、炭素は一酸化炭素(CO)となって抽出され、大気に放出すればCO2となる。
そこで、CH4から水素1kgを取り出す場合、どれくらいのCO2が出てくるのかを考えてみよう。炭素の原子量は12、水素の原子量は1だから、Cと4Hの質量比は3:1。すなわちCH4から水素1kgを取り出すと、同時に3kgの炭素が出てくることになる。
つぎに、この炭素がどれくらいのCO2になるかを計算してみよう。酸素の原子量は16だから、CO2 1分子の原子量は44。すなわち1個の炭素原子は、質量が3.667倍のCO2 1分子になる。
ここで、水素1あたりの炭素排出質量が約3であることを加味すると、水素1あたりのCO2排出質量は3.667を3倍して10.999、おおむね11ということになる。すなわち、メタンから1kgの水素を取り出すと、約11kgのCO2が排出される、というわけだ。
これをMIRAIの燃費に当てはめてみよう。水素5kgあたりの走行可能距離の公称値は650kmだが、実力を7がけの455kmだとすると、走行1kmあたりのCO2排出量は約120.9gとなる。
ガソリン1LあたりのCO2排出量は2,322gとして計算されるから、120.9gはガソリン車の燃費で約19.2km/L相当。ユーザー参加型燃費比較サイトでカムリHVの燃費を調べたら、18.9km/Lとあったから、「MIRAIのほうが多少はマシ」というレベルでしかない。すなわちFCEVの CO2排出量は、は天然ガス改質水素を使用した場合、「ガソリンHV同等のエコカー」ということだ。
もちろんこのような話を天下のトヨタが知らないはずはなく、MIRAI を発売した2015年には、製造から使用〜廃棄までを加味したLCA(ライフサイクルアセスメント)のレポートを、下記のサイト経由で公表している。
このレポートによれば、天然ガス改質によって水素を得た場合に発生するCO2排出量は99.86g/MJとされている。さらにこの計算では、水素1kgあたりのエネルギー量を120MJとしているので、それを使って計算すると、水素1kgあたりのCO2排出量は約11.98kg。水素5Lで455kmの航続距離だとすると、131.7g/kmということになる。ガソリン車の燃費に換算すれば、約17.6km/Lだ。
別途算出されているLCAで見ても、水素を天然ガス改質で得るケースでは、CO2排出量は同等寸法のHVとほとんど変わらない結果となっている。
すなわちFCEVが「究極のエコカー」を名のれるかどうかは、水素の製造方法にかかっている、と言うこと。FCEVの存在価値は、再生可能エネルギーで発電した電力や余剰副製水素の受け皿であり、コストが安く安定供給できる天然ガス改質に引っ張られてしまっては、普及させる意味はなくなってしまう。問われるのは自動車メーカーの開発努力ではなく、政府による総合的なエネルギー政策だ。