久保愛三博士は京都大学で教授を長く務めたあと、2007年に退官。現在は京都大学名誉教授でいらっしゃる。公益財団法人応用科学研究所理事長をであると同時にKBGTクボギヤテクノロジーズの代表でもある。ありとあらゆる歯車に精通した世界的権威である。 その久保愛三博士の愛車は、1996年型ポルシェ911カレラだ。「Type 993(993型)」と呼ばれる911だ。博士が993型カレラを手離さない理由とはなんだろう? TEXT &PHOTO◎久保愛三(KUBO Aizo)
The car which I am still loving Porsche 993 Motor Fan illustrated誌で「歯車屋の見た世界〜The World According to Gear Specialist」を連載している久保愛三博士は、ギヤ(歯車)の専門家である。自動車のみならず船舶、発電所などあらゆる分野の歯車に精通し、現在も技術顧問として活躍している。 私が子どもだったころは、国産の車でまともなものはなく、いすゞ自動車がヒルマンをイギリスの特許で作っていたのが一番の高級車であったような時代です。大学生になってモーターリゼーションが始まり、日本車にもいろいろなものが出てきました。ホンダが鈴鹿サーキットを作り、第1回の日本グランプリが開かれ、走り回るヨーロッパ製のレーシングカーを憧れの目で見ていました。雑誌でいろいろなスポーツカーを見、夢の車はPorsche 356でしたが、当然、夢のまた夢。VW Käfer(英Beetle)の派生であった356に代わり901が発表され、2リッターのエンジンで最高速度が200km/hを超えるカタログデータを見て度肝を抜かれました。 学生生活の最後に近い時、過激な学生運動がおこり、中革、三派、民青等々のセクトが争い、日本赤軍がよど号事件を起こし、浅間山荘事件とかも起こって、大学がストップしてしまいました。大学を出たものの行くところがないので、ドイツの世話になって、2年間、Stuttgart Uni、München TUに暮らしました。
VWのエンジンを載せたポルシェ914。ポルシェの広報PHOTOなので、ドライブしているのは久保先生ではない Porsche 914というVWのエンジンを積んだMRの車を手に入れ、ヨーロッパ中を走り回りました。朝5時半にStuttgart の東35kmにあるSchwäbische Alp麓のKirchheim unter Teckの下宿を出発し、11時30分にはオランダのDelft大学についているといった馬鹿走りもしました。が、大雨のモンテネグロ(旧ユーゴースラヴィア)の山中で車を大破。ヨーロッパの自動車保険制度の勉強をしました。当時のPorsche 911は、Kugelfischerの燃料噴射装置付きエンジンの911E、ソレックスキャブレター付き廉価版の911Tと言われるものでした。現在、ナローポルシェとか言われて、骨董品的な阿保値段がついていますが、まだ発展途上の911で、色々と問題も多い車でした。
5000rpm超えてから発する官能的なエンジン音、ドアを閉めたときのカキーンという金属音 久保先生の993型911カレラ。全長×全幅×全高:4245mm×1730mm×1300mmのボディは、やはりとてもコンパクトだ
年月が経ち、京都大学工学部精密工学科に戻って生活が安定してから女房と割り勘で空冷ポルシェの最終版となった993(1996年モデル黒)を購入し、若い時からの夢がかないました。それから24年、燃費も新車の時からほとんど変わらず、ボディのやつれもなく、いつも健康、まだbetter than new の状態で日々の生活の中に溶け込んで働いてくれています。 購入して一番気に入ったのは、後ろから見たリヤフェンダーの張り出しが、臥せっているクロネコを後ろから見たときの後脚の張り出しのイメージで、全体に小さな外形寸法と相まって、本当に愛らしい印象です。 ドアを閉めたときのカキーンと言う金属音も、他の車ではないものです。北海道の糠平湖に持って行き氷上走行の練習をしましたが、ラリーをやっている人の車の中でも、ひときわ存在感がありました。空冷のSaug-Motor(吸込み原動機、NAエンジンのことをドイツ語ではこう言う)が5000rpmを超えたあたりから発する官能的なヒーという音、シャーッという音は独特で、気分を落ち着けてくれます。この間、胎盤の中を流れる血流の音と言うのを聞いたのですが、まさにこのシャーッという音でした。これが空冷ポルシェの音が好まれる理由、母の胎内に守られているという昔の思い出が無意識の中にあることなのかもしれません。
993が搭載している3.6ℓ水平対向6気筒はもちろん自然吸気。SOHCだった。パワースペックは最高出力:285ps(210kW)/6100rpm 最大トルク:333.4Nm/5250rpm 993型911のスケルトンイラスト
使いだして10年を過ぎたころ、renewalの調整をしました。当時、油圧パワステに比べてどうしようもなくフィーリングの悪かった電動パワステの改良の仕事を一緒にしていた國政久郎さんに、ダンパーをBilsteinの倒立形に変え、80~180km/hの速度域で最も良いフィーリングになるようにセッティングしてもらいました。國政さんの加速度変化に対する超人的な感度の高さに、ダートラの元日本チャンピオンとはこのような能力がある人なのかと感心していたからです。仕上がって、國政さんから、「タイヤはこの銘柄で空気圧は2.3~2.4barの範囲、その外ではだめですよ」と言われましたが、舵を入れるとタイヤのサイドウオールがまず変形しだし、それからヨーが発生しだす過程まで感じることが出来るようになり、車の素性の良さとともに超一流の自動車技術者・ドライバーの能力のすごさを感じました。当然、このような良いフィーリングが得られるのは特定の銘柄のタイヤを付けた時だけで、このあたりのポルシェのタイヤに対する敏感さは普通ではありません。 またそろそろ第2回目のrenewal 調整をするべき時期になってきました。最新型のエレクトロニクス満載の911に乗っても、必要なもの以外何もついていない機械としてのこの993に勝るフィーリングを持つものはなく、新型に乗り換える気にはなりません。友達からは「久保さん、次、買う車は何にしはるんや。もう最後の車やで」とか言われていますが、さぁー。
1996年式ポルシェ911カレラクーペ(993) 全長×全幅×全高:4245mm×1730mm×1300mm ホイールベース:2270mm 車重:1390kg サスペンション:Fマクファーソンストラット式 Rマルチリンク式 エンジン形式:水平対向6気筒SOHC 排気量:3600cc ボア×ストローク:100.0mm×76.4mm 圧縮比:11.3 最高出力:285ps(210kW)/6100rpm 最大トルク:333.4Nm/5250rpm 過給機:なし 燃料供給:PFI 使用燃料:無鉛プレミアム 燃料タンク容量:77ℓ トランスミッション:4AT 車両価格○1010万円(当時)