テレワーク中のモーターファン編集部員の、妄想シリーズ第二弾。
外出自粛で時間があるので、屋根裏収納の整理をして出てきた写真をきっかけに、
クルマに(辛うじて)まつわるトピックをお伝えする、時間つぶしのお慰み。
今回のお題はスバルと飛行機です。
(記事中の社名呼称は、現SUBARU[スバル]にしております)
REPORT:森田 準(ニューモデル速報編集部)
最近、外出自粛で家にいる時間が多いので、度々屋根裏収納によじ登ってかたずけをしているのですが......。
今回出てきたのが一番上の、航空自衛隊の練習機T-34の写真。
学生時代に撮影したものですが、ああ、コレ、富士重工製だったよな。
と、コレがこの記事のきっかけです。
スバルオーナーならずとも、クルマ好きならよくご存知なのが、
その前身が、隼や疾風といった戦闘機などをつくっていた中島飛行機だということ。
そして、今でもスバルには航空宇宙カンパニーとうい部門があって、飛行機やヘリコプターの開発、製造を行なっています。
1965年にジェット練習機とスバル360が完成!
ちなみに、スバルの沿革によると
1945年
中島飛行機を富士産業(株)と改称、定款を改定し平和産業への転換を図る
1946年
ラビットスクーター1号車誕生
1949年
国産初のフレームレス・リヤエンジンバス「ふじ号」完成
1953年
富士重工業を設立、航空機生産と自動車の開発を開始
9月 アメリカのビーチクラフト社とメンターT-34初等訓練機に関し、技術援助契約調印
11月 メンターT-34初等訓練機の輸入組み立て開始
とあります。
そして1958年
1月 T1F2ジェット中間練習機、国産試作1号機初飛行に成功
3月3日 スバル360発表(発売は5/1 価格は42万5000円だったそう)
ということで、ラビットスクーターやバスは別として、実は乗用車の発売よりも飛行機の生産、飛行の方が早かったようですね。
こんなところも、スバルオーナーとしては密かには鼻が高い事実かもしれません。
ちなみに、国産のT-1から始まってT-3、T-5、T-7と、その後の航空自衛隊の奇数番号の練習機はすべてスバル製です。
まだまだ続くスバルの航空機
空でも繰り広げられるライバルバトル!?
ライバルの三菱重工も(旅客機は苦戦しているようですが)、F-1戦闘機や現役のF-2戦闘機を開発、製造して頑張ってます。
空の世界でもスバル対三菱は健在なんですね。