ベーシックカーたるコンパクトハッチバック車は、性能や使い勝手だけでなくコストも含めた総合性能が問われ、各メーカーは独自の思想で新型車を開発。小さいけれど便利で、気持ち良く安全に走るモデルをラインナップする。そんな強豪ひしめくコンパクト市場で勝ち抜くために与えられた、ヤリスの魅力を比較試乗で明らかにする!
REPORT●山田弘樹(YAMADA Kouki)
PHOTO●宮門秀行(MIYAKADO Hideyuki)
※本稿は2019年12月発売の「トヨタ ヤリスのすべて」に掲載されたものを転載したものです。
感性に従順な挙動を示す 入念なシャシーセッティング
ちょうど良い節目を迎えるとも言える2020年、日本のコンパクトカー市場が熱くなるだろうと私は予想する。その理由は当然、ヤリスが発売されるからだ。トヨタはクルマの基本がベーシックカーにあることを忘れず、ここに「走りの楽しさ」を強く練り込むことで、もう一度日本のクルマ社会に活気を与えようとしている。東京オートサロン2020で正式なデビューをするGRヤリスなどはその好例で、私もつい先日そのプロトタイプのステアリングを握って心を躍らせたばかりだ。
しかしそれはGRヤリスが約2250㎰以上/330Nm以上という、1.6ℓターボとしては驚きの高出力を誇り、これをスポーツ4WDが見事に四輪制御したからだけではない。そのシャシーが実現するボディ剛性の高さ、質量の少なさ、そして重心の低さが存分に活かされていたからだ。もっともGRヤリスはそのルーフをフォージド・カーボン化し、前後アームを大幅に延長するなどしてGA-Bプラットフォームに大幅な改良を加えている。形だけを見れば完全なる「別仕立て」の逸品であり、言わばラリー用のホモロゲーションモデルなのだが、そのドライビングコンセプト、つまり運転する楽しさの追求姿勢は、基準車とまったく変わらない。
それは、ローンチ前に袖ヶ浦フォレストレースウェイで開催されたメディア試乗会でも確認することができた。ヤリスの魅力を端的に言い表せば、それは「アンダーステア知らずなハンドリング」だ。もちろんセオリーを無視した運転をすれば話は別だが、もしアナタが今ヤリスを運転したら「なんて気持ち良く走る(曲がる)んだろう!」と驚き、小さなクルマの良さに気付くことだろう。
この根源となるのは入念なシャシーセッティングで、ヤリスは人間の持つ感性に従順な動きをする。ドライバーというものは、カーブの手前ではアクセルを閉じ、必要があればブレーキを踏む。その時にヤリスはフロントに荷重をきちんと移動させ、ハンドルを切った際の操舵インフォメーションを高める。相対してリヤはイニシャル荷重を減らし、タイヤの抵抗を減らす。これによってヨー慣性モーメントが高まり、気持ち良くカーブを曲がることができるようになるのである。
文字で書けば極めて当たり前のことだが、こうしたセッティングを実践するのは極めて難しい。幅広いユーザーが運転するベーシックカーにニュートラルステアの特性を与えることは、企業としては勇気が要る。今のところこれを実践しているブランドはルノー・スポールくらいだが、彼らの顧客はスポーツドライビングを積極的に求めるユーザーである。
対して間口の広いヤリスは、セオリー通りの荷重移動を行ないながらも、その反応速度を穏やかに抑え、しなやかなロールスピード制御をもって走りを安定化した。そしてこれを可能としたものこそが、TNGAによってつくり出された新型のボディなのである。
だからヤリスの走りは、本格的ながらも先鋭化し過ぎず気持ちが良い。これでVDC(車輌安定制御装置)がより細かく制御を効かせるようになればさらに言うことナシだ。
バッテリーを床下に収めるハイブリッドではさらなる低重心化が武器となり、リヤにモーターを搭載する「E-Four」では前後重量配分の適正化が一段と走りに磨きを掛けた。またヨー慣性モーメントを積極的に使って向きを変えることができる1.5ℓ 6速MTモデルは、モータースポーツのベース車輌として最良の素材だと確認できた。
ベーシックモデルでも誰もが走りの愉しさを自然に感じられるようにと、先代よりも全長・全高を縮小したトヨタ・ヤリス。こうした英断ができるのもトヨタの体力があってこそで、GA-Bプラットフォームを軸にハイトワゴンやセダンの派性車種をつくる体力があるからなのは間違いない。それでも軸となるヤリスでここまで振り切った姿勢には、驚くしかない。あとはユーザーが、ボディサイズの拡大よりも走りを選んだヤリスをどう受け入れるかだけである。
TOYOTA YARIS HYBRID X(2WD)
直列3気筒DOHC/1490㏄
エンジン最高出力:91㎰/5500rpm
エンジン最大トルク:12.2㎏m/3800-4800rpm
モーター最高出力:80㎰
モーター最大トルク:14.4㎏m
車両本体価格:199万8000円
WLTCモード燃費:36.0㎞/ℓ
大人が自信を持って乗れる 取り回しの良い小さな高級車
トヨタはヤリスの運動性能を引き上げるために抜本的な構造改革を推し進めたが、日本における元祖走りのコンパクトと言えばマツダ・デミオ、現行マツダ2だろう。
デミオは初代、そして第二世代に渡ってワゴンボディを展開し、庶民派コンパクトとして人気を博したが、三代目からはファミリア以来のオーソドックスなハッチバックスタイルへと回帰。ボディの小型化と、大幅な軽量化をいち早く推し進めた。
その俊敏さとしなやかさを巧みにバランスさせたハンドリングは、ややリヤスタビリティの不足が原因ながらも、小型車には舌の肥えたヨーロピアンたちからも賞賛を受けた。
そして四代目となり、つい最近ヤリスと同じくグローバルネームとなったマツダ2は、ここから「小さな高級車」へと見事な転換を果たした一台である。「魂動デザイン」をベースとしたボリューミーな外観。Bセグコンパクトながらも上質なインテリア。そして何より今回の試乗車にも搭載される1.5ℓの直噴ディーゼルターボは、25.5㎏mもの最大トルクを発揮して(6速AT車)、プレミアムな走りを謳うと同時にWLTCモード21㎞/ℓの燃費性能を実現した。
その走りは前軸荷重の大きなディーゼルユニットを搭載しているせいもあり、どっしりと重厚。優れた直進安定性を保ちながらも、操舵に対する車体の反応は素直で、柔と剛の乗り味を見事に両立させている。
唯一残念なのはライバルたちの台頭によって、クラス唯一のディーゼルエンジンがやや輝きを失ったことだ。ターボの過給圧が高まってからのトルクは素晴らしい。そのトルクをもってトップエンドの5000rpmまで一気に加速するドライバビリティも持ち合わせるが、後述するスイフト・ハイブリッドや、日産ノートe-POWERのモーターパワーは静粛性やゼロ発進加速において小排気量ディーゼルターボのドライバビリティを上回る。またマツダ2は小型車だけに、ディーゼルターボが最も得意とするロングドライブと高速巡航燃費も、日本の使用環境ではうまみを発揮しにくいというのが実状だろう。
しかしマツダ2は、女性にも安心して運転できる取り回しの良さと実際のコンパクトさ、そして何より所有欲を満たすデザインや内装の質感を持っている。国産コンパクトとしては少し値段も張るが、大人が自信を持って乗れる小さな高級車に仕上がっている。
MAZDA MAZDA2 XD L Package(FF/AT)
WLTCモード燃費:21.6㎞/ℓ
直列4気筒DOHCディーゼルターボ/1496㏄
最高出力:105㎰/4000rpm
最大トルク:25.5㎏m/1500-2500rpm
車両本体価格:245万8500円
WLTCモード燃費:21.6㎞/ℓ
低重心によるハンドリングと進化したAGSで秀逸な走り
欧州仕込みというならば、スズキ・スイフトも負けてはいない。スイフトといえば「スポーツ」の出来映えが絶賛の的だが、今回試乗した「ハイブリッドSL」も実力派だ。
スズキは現状1.2ℓの「K12」ユニットにマイルドハイブリッドとストロングハイブリッドの2種類を用意するが、試乗車は後者のストロングハイブリッド。価格はこちらが198万5500円と16.5万円ほど高くはなるが、その出来映えには、地に足が着いた良さがある。
直列4気筒ユニットの出力は91㎰/12.0㎏mで、モーター出力は13.6㎰/3.1㎏m。システム出力ではないが額面通りにこれを足しても、その出力は大したものではない。しかしバッテリーとモーターを搭載しても960㎏にしかならない車重が、そのボディを軽々と発進させる。また小排気量の自然吸気エンジンながらもモーターアシストがその回転を低く抑えることができ、街なかでは2000rpm付近を常用しながら極めて静かに走る。そして80㎞/h以下の状況では積極的にエンジンをコーストさせるため、その静粛性はさらに高まる。ちなみに燃費はJC08モードだが32㎞/ℓだ。
ソリオから始まったAGSの進化も素晴らしい。変速時に駆動モーターがエンジンの回転落ちをアシストするため、シングルクラッチでも加速Gの抜けがほとんど感じられないのだ。デュアルクラッチに対してコストと重量を圧倒的に抑えることができるこのソリューションは、フォルクスワーゲンUP!にも見習わせたいほどである。そしてアクセルを踏み込むような状況でも、クラッチ式だけにトルコンATやCVTのような滑り感がない。
スイフト本来のハンドリングの良さと、床下にバッテリーを搭載する低重心さがミックスされた走りは、快適かつ安定している。正直ここまでデキが良いと、ダンパーのオイル容量をもう少し増やして、路面の段差などに対する突き上げを減らしたい。また電動パワーステアリングの効き過ぎ感を抑えたくなる。
スズキの良さは徹底したコスト管理と、少しでも車両価格を安くするための努力なのは確かだ。しかしユーザーがハイブリッドを選ぶという行為自体、燃費だけでなくプレミアム性を求めてのことだけに、そうした質感の高さにも少しだけ余裕を割いて欲しい。オプションでも良いからダンパーを設定したらよいと思う。またスイフト・ハイブリッドを気に入ったオーナーであれば、タイヤの銘柄にもこだわってみると、さらに快適なカーライフが送れるはずだ。
SUZUKI SWIFT HYBRID SL
直列4気筒DOHC/1242㏄
最高出力:91㎰/6000rpm
最大トルク:12.0㎏m/4400rpm
モーター最高出力:13.6㎰/3185-8000rpm
モーター最大トルク:3.1㎏m/1000-3185
車両本体価格:198万5500円
JC08モード燃費:32.0㎞/ℓ
国内トップセールスを誇る充電要らずの電動コンパクト
1.2ℓ直列3気筒エンジン(79㎰/10.5㎏m)を完全な発電機として使う日産ノートe-POWERは、シリーズハイブリッドという形式を採っている。その魅力はエンジンが発電時にブーン! と唸りながらも、加速フィールがEVと同じこと。モーターによるタイムラグのない発進・加速特性と、トランスミッションによる変速のないシームレスな巡航ができることにある。また回生ブレーキを使った「ワンペダルドライブ」の新鮮さも手伝い、一躍ノートはコンパクトカーのスターダムにのし上がった。
しかしもともとノートは純然たるBセグメントの実用小型車。ホンダ・フィットにも共通するシャトルフォルムを採用するだけあって、広い室内空間を誇るのがまず特筆すべきポイントである。特に後部座席の頭上空間は今回の中でも一番広く快適だった。
対して走りの方はと言うと、タウンユースでは前述したモーターの加速が心地良く、乗り心地が優しい。ノートe-POWERはこのノーマルとNISMOが109㎰/25.9㎏mのモーター出力となっており、上級グレードとなるNISMO Sだとこれが136㎰/32.6㎏mにまで高められている。標準モデルのパワー&トルク感は当然NISMO Sには遠く及ばないのだが、日常の走りをこなすには標準仕様で十分。むしろその適度に抑えられた出力特性が自然な走りを生んでいるし、ECOモードではワンペダルドライブがきちんと楽しめて、スポーツモードに入れればガツン! とモーターが瞬発力のあるダッシュをかましてくれる。
それより気になるのは高速巡航時の直進安定性に欠けることで、街なかでの良好なハンドリングがちょっと心許ないものになってしまっていた。これは街なかの乗り心地を優先したサスペンションの剛性不足が原因だろう。やはりモーターとバッテリーを搭載した重量増は大きく、高速安定性を生活の中に求めるならNISMOを選ぶべきだろう。またその硬さや外観の派手さを嫌うなら、よりシックなオーテックという選択になるだろうか。
そしてライバルとの比較では、意外や一番トータルバランスに優れるのがノートe-POWERだと感じた。広い室内、タウンユース限定になるが素直なハンドリングと乗り心地の良さ。そして充電要らずに、モーター駆動の新鮮さを味わえる。
肝心なヤリスとは対極的なキャラクターで、どちらかと言えばライバルは、まだ見ぬ新型フィットだろう。ヤリスに近いのはマツダ2とスイフト・ハイブリッドだと思う。
それでも敢えて悩むとすれば、それはどちらの乗り味も好きだという場合。広くて新鮮な乗り味のノートe-POWERか、コンパクトカーの本質を極めんとするヤリスか? だから2020年は、コンパクトカーたちの闘いが熱くなるのである。
NISSAN NOTE e-POWER AUTECH SPORT SPEC(2WD)
直列3気筒DOHC/1198㏄
エンジン最高出力:79㎰/5400rpm
エンジン最大トルク:10.5㎏m/3600-5200rpm
モーター最高出力:109㎰/3008-10000rpm
モーター最大トルク:25.9㎏m/0-3008rpm
車両本体価格:249万9200円
JC08モード燃費:(e-POWER参考値34.0-37.2㎞/ℓ)