オンデマンド式なのにフロント30:リヤ70の駆動配分? 機械の構造からはどうなっているのかが理解できない数字である。果たしてどのような仕組みにしているのか。その中身は仰天の一言であった。
TEXT:髙橋一平(TAKAHASHI Ippey)
トヨタGRヤリスには “GR-FOUR” と呼ばれる新開発のスポーツAWDシステムが搭載されている。かつてWRCでも活躍したセリカGT-FOUR以来となる、モータースポーツを視野に入れたこのAWDシステムは、FF配置のパワートレーンをベースにPTO(パワー・テイク・オフ)で取り出した動力をプロペラシャフトでリヤアクスルへと伝達するというオンデマンド式。センターデフを持たず、フロントアクスル用の駆動力の一部を “分けてもらう” カタチとなるこの形式のAWDでは、駆動力配分でリヤがフロントを上回ることはないというのが一般的なところだが、GRヤリスのGR-FOURでは最大で30:70(前:後)という駆動力配分を実現しているという。
ひとつのカギとなるのは、前後デフユニットの減速比(最終減速比)。GR-FOURではリヤ側の減速比をフロントよりも小さく(つまりロングに)しているというのだ。
オンデマンド式AWDでは、前後の駆動力配分の制御と、後輪の駆動が不要なときにリヤアクスルの切り離しを行うため、フロントからリヤへのトルク伝達経路に電子制御式のカップリングを備える。GR-FOURではリヤデフユニットと一体となるカタチで、その入力部にこれが配置される。前後の減速比が異なるため、カップリングを完全に締結してしまうと前後輪で回転差が生じてしまうわけだが、それを逆手にとってスリップ状態で使うことでトルク増幅効果を生み出すというのだ。
じつは同様の原理は、すでにフォード・フォーカスのAWDシステムでも採用されているのだが、こちらでは前後減速比の差が3%近くあるのに対し、GR-FOURのそれは1%未満とごくわずかに抑えられている。これはフィーリングなどを確認しながらたどりついた値とのことで、上は4.5%から、3.5%、2.5%、1.5%、0.5%という前後減速比の差が開発のなか検討の遡上に載せられたという。
クルマ自体の向きが変わり始め(これを重心スリップ角がつくという)、遠心力によりアウト(外側)方向に横力が掛かってくると、後輪の軌跡が前輪の外側を通るカタチとなり、後輪の回転数が前輪を上回ることから、前後減速比の差は効かなくなってくる。つまり半クラッチによるトルク増幅効果がなくなり、駆動力配分が一般的なオンデマンド式AWDの上限である50:50に戻ってしまう。聞けば、前後減速比の差が3%近くある例では、ハンドルを切った瞬間にフロントがインに入るような、驚くほど良く曲がる印象が得られるものの、この効果がなくなったときの “落差” が大きな違和感を生み出してしまうのだという。
「雪道とかグラベルならステアリングを切るだけで簡単にリヤが出るので、たぶん誰でもドリフトができると思います。ただ、本格的なラリー走行ではリヤが外に流れるのを抑えて前に進めたいという面もありますので、逆に(前後減速比に)差をつけないバージョンも考えてはいます。それを実際にパーツとして販売するかどうかということも含めて、詳細はまだ決まっていませんが」(エンジニア氏)
また、こうしたフィーリング以上に興味深いのが制御だ。この前後の減速比に差をつけたオンデマンド式AWDでは制御が肝要で、むしろ制御技術があって初めて可能になる技術と思って間違いない。
エンジントルクとほぼイコールといってよい駆動力に関わる制御ということで、電子制御カップリングをコントロールする制御ユニット(以下AWD ECU)と、エンジンECUの間で協調制御を行なっているのだが、カップリングの制御に高い応答性が求められるため、一般に用いられることの多いCAN(Control Area Network)では通信遅延が大きすぎるということで、別の手段が使われている。具体的にはアクセルペダル開度などを基に生成されるトルク指令値をCANに流す前からネットワーク線を介せずAWD ECU直接伝送しているとのこと。CANコントローラー(回路)を経由すると、信号の同期やエラーチェックなど、CANのプロトコルに沿った手順(プロシージャー)が必要になるため、これを回避して高速で信号を伝送しようというわけである。
これによりAWD ECUにはエンジンがトルクを発生するよりも早く制御信号が届き、必要な応答性が確保できたというわけだが、高速の制御ということで適合(キャリブレーション)などの面で苦労も少なくなかったという。それゆえにエンジンのチューニングなどによってトルク特性などが変わると、AWD ECUによる制御にも影響が及ぶ可能性があるとのことだが、その点については対応を検討中だという。ただチューニングは大いに意識しているようで、少なくともプロテクトやセキュリティなどで手が付けられないような仕様にはなっていないとのこと。エンジンECU などの処理能力に関しては、市販に当たってコストも考慮したことから一般的なスペックとなっており、多くの処理が5ミリ秒周期で回っている(これを5msecジョブと呼ぶ)という。
ちなみに、電子制御カップリングをスリップ状態で使うということも、そう簡単なことではない。スリップには熱の問題が伴うためだ。そこで摩擦材にカーボンを採用、プレートの形状などにも工夫が凝らされた。また切断時のドラグトルク(引き摺りトルク)低減も意識された、非作動時にプレートを引き離すためのリターンスプリングも装備。リターンスプリングの存在は、応答性に相反するところもあるが、先のエンジンECUとAWD ECU間において高速で行われる協調制御を生かして、リターンスプリング分を考慮しながら待機電流をコントロールすることで、応答性との両立に成功しているとのことだった。