過給エンジンには真似のできない高回転域までのスムーズな伸び、スロットル・レスポンス、官能的な音を与えたい──。東海大学工学部の岡本高光教授は元トヨタ自動車のエンジニアであり、レクサスLFA用のエンジンを開発した。4.8ℓV10のNA設計という一世一代の仕事で、教授は何をめざしたのだろうか。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo) FIGURE:牧野茂雄/ヤマハ発動機/LEXUS INTERNATIONAL
* 本記事は2013年5月に執筆したものです。現在とは異なる場合があります。
「あれは2003年のことでした」
岡本教授は話し始めた。
「スポーツカー用のV10エンジンを設計する機会に恵まれたのですが、私が描いた構想に対して役員から『いいエンジンだが、これは最後まで行けるとは思えない』と言われました。最大トルクの90%を発生する回転域が、3900rpmから9000rpmまででしたから」
おそらく、いろいろな幸運が重なったのだろう。2003年という時期が味方したということもあるだろう。5100rpmの幅にわたって432Nmのトルクを発揮するというのだから、前代未聞である。「高回転域ではこの上なく気持ちいい」というNAエンジンは少なくない。「アイドリング回転数のすぐ上から実用トルクが立ち上がる」という過給エンジンも出現した。しかし、2003年当時の常識では、いまのような過給ダウンサイジングエンジンは想定外だったはずだ。その時代に、エンジン運転領域の半分にわたって最大トルクの90%を確保するという構想を岡本教授は描いた。
そう。排ガス試験モード域は加速一定だからローギヤードでパワーのあるエンジンだとほとんどスロットルを開けない。ポンピングロスばかりが増えてしまう。ここは目をつむっても、身上である高速高回転域できれいなストイキ燃焼にしたいと、当時の岡本氏は考えた。
「高回転エンジンには、広い回転域で吸排気効率を維持し、吸い込んだ空気と燃料を短時間で素早く燃焼させるという素性が求められます」
ところが、短時間に燃焼を終わらせることはなかなか難しい。1気筒当たりの吸気量は筒内容積で決まっているが、きっちり空気を吸い込み、燃料と混ぜてしっかり燃やすという作業が高回転域ではだんだん難しくなる。
「古い話ですが、1967年に登場したコスワースFVAという直4エンジンは、バルブ挟み角を広げて空気の吸入抵抗を減らすという発想でした。そのため、燃焼室は深く、ピストン冠面が山のように盛り上がっていました。当時はこれがレーシングエンジンだったのです。ただし、スキッシュエリアを持っていたのは立派です。シリンダー壁面付近にある混合気を、最後にピストン上死点でギュッと押し出してプラグ付近に集める機能です。しかし、このエンジンは最高回転を上げてもパワーがなかなか上昇しなかったのです。バルブ挟み角を小さくしてコンパクトな燃焼室にするという考え方は、このあとに登場しました」
岡本教授は、このFVAと、FVAを2基合体させてV8に仕立てたDFVが「高回転エンジンのバイブル」だと語った。
「混合気がダラッと燃えたのではパワーになりません。パッと火が着き、火炎が素早く伝播して短時間に終わる燃焼なら急峻に圧力が立ち上がる。こうするためには吸気に縦方向の乱流、タンブルが必要です。DFVの時代からタンブルと、スキッシュエリアと、コンパクトな燃焼室の3点セットです。21世紀に私が設計した1LR型V10も同じです」
モータースポーツ用のエンジンを手がけて来た岡本教授は、レーシングエンジンの歴史もよくご存知だ。いろいろなエンジン名がつぎつぎと出て来る。