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JAMSTEC最前線:有人潜水調査船「しんかい6500」仮想同乗記 深海での食事は?


国立研究開発法人「海洋研究開発機構」を英略表記したものがJAMSTEC(ジャムステック)だ。そのJAMSTECが世界に誇る有人潜水調査船「しんかい6500(以下、6K)」へ乗船するチャンスを得たとしよう。今回は深海への旅をシミュレーションしてみる。深海への旅、である。


TEXT◎貝方士 英樹(KAIHOSHI Hideki)

しんかい6500にトイレはない

 潜航日の朝、午前7時ごろ。深海潜水調査船支援母船「よこすか」の食堂で朝食をとる。白飯に味噌汁、焼き魚とお新香の和食だ。今朝の焼き魚は鰈(カレイ)の干物。前日に申し込んでおけばパンと卵の洋食メニューも食べられる。


 船室に戻り「潜航服」に着替える。潜航服は難燃繊維製のツナギ服で、レーシングスーツと同様なもの。6Kの耐圧殻内は純酸素で満たされており、引火性が強く火気厳禁だ。火災事故など万一の事態に備えた安全装備である。潜航服は通気性がほぼ無いから着用すると汗ばむ感じだが、深海底の水温は2℃ほどと低温で、その海水で冷やされた耐圧殻内は寒くなる。潜航服を着てちょうどよい具合だろう。念のため毛糸の靴下も履く。

6Kへ乗船するパイロットや研究者が着る潜航服。難燃繊維製のツナギで、いわゆるレーシングスーツと同様な機能を持つもの。

 ちなみに、6K船内にトイレは無い。緊急対処用に尿を固める携帯ミニトイレは積まれているが、あの狭い耐圧殻内で、2人のパイロットの横で「する」のはかなり気がひける。昨夜から水分を控え、乗船までに何度かトイレにも行こうと思うが、念のため大人用紙オムツを履くことにする。本日の潜航は「フルデプス」、深度6500mまで行くから全体の所要時間は8時間だという。紙オムツはこの間の保険となる。




 6Kの1日の稼働時間は最長8時間だ。6Kに乗り込んでハッチを閉め、Aフレームクレーンで吊り揚げられて着水、潜航して深海底で調査、そして浮上し「よこすか」へ揚収される行程。再びハッチを開けるまで、潜航前後の作業時間を含めた全体の所要時間は約9時間か。この間、トイレには行けないのだ。

6Kの上部ハッチから耐圧殻へ乗り組むパイロット。

 6Kの沈降速度は平均して45m/毎分。6500mまで潜る場合は約2.5時間かかる。浮上もほぼ同じ速度なので往復するのに必要な時間は約5時間。1回の潜航所要時間全体が8時間だから、深海底で調査活動に使えるのは3時間ということになる。この3時間を有効に使うために、6Kは駆動系・操船系統の改修工事を受け、レスポンスの向上をはじめ総合的な機動性を高めている。

「深海ランチ」。潜航中の耐圧殻内での昼食はサンドイッチかオニギリが選べる。「よこすか」調理室が当日朝に作ってくれたものを専用袋で持ち込む。メニューに合わせた飲み物とウェットティッシュなどもある。サンドイッチかオニギリかは、研究者の好みに合わせることが多いという。

 午前9時すぎ、「よこすか」格納庫の横手、6K運航チームの事務室で潜航前のブリーフィングを行う。6Kの浮量計算に関係するため、昨日、持ち込む撮影機材とともに体重測定し、その通りの個人装備で6Kに向かう。タラップを伝い、ハッチから耐圧殻へ降りた。3名分の弁当を入れた弁当袋が運び込まれる。弁当はサンドイッチ、飲み物は保温ボトルに入れたコーヒーだ。これが「深海ランチ」である。希望制でサンドイッチかオニギリが選べる。食事が美味いと評判の「よこすか」調理室で今朝作られた食事だ。

潜航準備が整った6Kを「よこすか」後部のAフレームクレーンが吊り揚げ、海面へ降ろす。吊り揚げ中の船体は大きく揺れることが多く、海面に浮かんでいる状態が最も揺れる。反面、海中ではほとんど揺れないのだそうだ。

 そしてハッチが閉められ最終確認が始まる。6Kは格納庫から「よこすか」後部作業甲板へ引き出され、Aフレームクレーンを介して吊り揚げ索が接続される。やがて、空中重量約27トンの船体がクレーンで持ち上げられる。


 揺れる! 極太2本のロープだけで空中にぶら下がっているから前後左右上下にグラグラと揺れる。船酔いしそうだ……クレーンは海面上へ繰り出され、6Kは着水する。海上作業を担うスイマー2名が船体へ取り付き、吊り揚げ索と主索を切り離す。海上のうねりに揺さぶられる。潜水船は海面に浮かんでいる時が最も揺れるというのがこれか……

「よこすか、しんかい、潜航を開始する」

着水した6Kの船体へ海上作業を担うスイマー2名が取り付き、吊り揚げ索と主索を切り離す。投入・着水、浮上・揚収の海上作業は大掛かりなもので、多くの人の仕事により潜水船は運用されていることがわかる。

 午前10時ごろ、パイロットが「よこすか」の総合指令室へ告げる。潜航中の通信は水中通話機で交信する。交信話法は、相手の名前・自身の名前・要件の順だ。いよいよ潜る。




 バラストタンクに海水を注入し、エアが抜ける音や振動が伝わってきた。6Kはゆっくりと下降を始める。6500mも下の深海底までは2時間半かかる。新幹線なら東京から大阪あたりまでの所要時間だろう。パイロットらと今日の潜航の打ち合わせや雑談をしつつ、覗き窓越しに撮影したり海中を観察したりするほかは手持ち無沙汰なので、持ち込んだ音楽を流してもらう。何を聴こうか悩んだ末、パイロットらとは同世代なので懐かしのヒット歌謡曲集にした。海中の、狭い耐圧殻内に流れる「異邦人」……、きっと海中にも響き、違和感を感じている生物もいることだろう。

バラストタンクへ注水、空気を排出して潜航開始した6K。

 やがて深度200mを越えた。ここからが深海の領域である。覗き窓から暗くなった外を見ると、6KのLEDライトに照らされるマリンスノーが増えてきた。6500mの深海底までは、あと約2時間。するとパイロットが飴玉をくれた。飴玉は緊張緩和にも役立ち、非常食にもなるという。深海で飴を舐めながら、さらに深く潜り続ける……

潜航終了、揚収後。降船直後のパイロット・大西琢磨潜航長(左)は潜航のようすを運航チーム総括・櫻井利明司令(右)へ報告する。採取した試料の卸下やデブリーフィングなどはこのあと行われる。

 6Kのバーチャル潜航、前半部はこのような感じだ。深海への潜航は期待と不安、発見と興奮の旅といえるものなのだろう。

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