東京モーターショー2019のプレスカンファレンスに登壇するために来日していた、メルセデス・ベンツ研究開発部門アドバンスド・デザイン担当であるホルガ―・フッツェンラウブ(Holger Hutzenlaub)氏が、本誌を含むメディアのインタビューに対応した。VISION EQSのデザインから、次世代のSクラス、およびメルセデス・ベンツの未来像を探る。
----デザインのインスピレーションは?
ホルガ―・フッツェンラウブ氏(以下、HH)「メルセデス・ベンツには、デザインの哲学や思想があります。VISION EQSのデザインは、メルセデスのデザイン言語やDNAを大切にしながら、新しいインスピレーションで発想しました。デザインのスタート直後というのはとても自由度が高いのですが、市販モデルに近づいていくにつれていろいろと制約が出てきます。そのなかで“EQデザイン”を追求していきました。4分の1スケールのモデルを作ったときに、ラジカルと言っていいほど先進的なデザインでした。将来的にSクラスとして展開する、と考えたときには先に進みすぎているのではないか、という意見もありました」
---- VISION EQSは、今後のEQシリーズ全体の方向性を示しているのか?
HH「今後、EQシリーズはラインナップを増やしていきます。EQCのようなSUVの場合はバッテリースペースを色々と調整できますが、リムジンやサルーンタイプではバッテリーの配置が大変難しく、美しい曲線を描く“ワン・ボウデザイン”を中心に考えています」
【エクステリア全般】 「全幅、全長についてはSクラスと同等です」
「エクステリアデザインで必要だったもの……それは、まったく新しいプロポーションを生み出すということでした。VISION EQSのボディサイズは、Sクラスとの比較で全高が20〜30mm高くなっています。ルーフラインは、標準的な3ボックスデザインとは違う要素が必要となり、我々はこれをワン・ボウデザインと呼んでいます。このラインは、Aピラーからリヤまでが一筆になって、まるで弓のような一本のラインで構成されています。これによって、視覚的に全高を低く見せており、ホイールベースもSクラスよりも長くなっています。しかし、全幅、全長についてはSクラスと同等です」
「また、24インチのホイールを装着することで、全体的な印象としてコンパクトに見えるようにしています。グリーンハウスは黒くしましたが、ボディカラー下側はアルビームシルバーを採用しました。結果として、ショーカーのベルトラインは低くなりました」
【フロント】 「“ホロレンズ”というテクノロジーを採用」
「フロントフェイスで特徴的なのは、シームレスなデザインアプローチをとっているところです。VISION EQSは、デザインの方向性をSクラスの将来のビジョンという意味を込め、メルセデス・ベンツのDNAを守りつつ、新世代のEQデザインに挑戦しています。ブラックのフロントグリル内には、各種センサーなどを取り込み、デジタルラグジュアリーという表現方法を採用しています。“スターパターン”のグリルには、940個のLEDを埋め込み、奥行きは5層となっています。今後、市販モデルに採用する予定です」
「ヘッドライトは新しいコンセプトを取り入れました。ホログラフィックを取り入れた “ホロレンズ”というテクノロジーを採用しました。様々な表情を見せることから、クルマから外部の人へのコミュニケーションツールとして活用することもできます」
【インテリア】 「豪華なヨットからインスピレーション」
「ダッシュボードには、色々な機能を持たせることができるでしょう。例えば、なんらかのジェスチャーをすることでボタンが現れて、操作すると再び消える…といったことも可能になるかも知れません。しかし、実際に触って操作できる物理的なスイッチなど“アナログの要素”も大切です。ガラスルーフに施したストライブは、真上から太陽光が差し込む夏であれば、自然で美しいラインを見せる光が室内に彩りを添えてくれます」
「インテリアは豪華なヨットからインスピレーションしてデザインし、まるで宙に浮いているように見える二段構成のダッシュボードを採用しました。フライ・バイ・ワイヤの採用によって、将来的にはステアリングの上半分は省略できるかも知れません」
----室内はどうか?
HH「インテリアについては、高級ヨットのデザインからインスピレーションしました。ウッドのトリムや独特の貴金属(ローズゴールド)を用いたライン装飾などは、そうしたモチーフなのです。エクステリアは、弓の形をしたワン・ボウデザインを採用しましたが、これはエアロダイナミクスを重要視したデザインとなります。EVにとって、空力性能は航続距離に直結する要素なので、とても大切です。究極的なイルカのようなカタチが、VISION EQSにとって大切だったのです」
----未来のデザインはデジタル化してシンプルになっていくのか?
HH「我々の生活自体がデジタル化しています。こうした流れのなかで、どのようにしてクルマのデザインにデジタル化を反映させるかということになります。シームレスデザインというのが、ひとつの大きな方向性になると考えています。各種トリムがインテリジェントなパーツに進化するだろう。いまは大型化が進んでいる液晶バネルだが、将来的にはこの液晶バネルがなくなり、ダッシュボードやAピラー、ルーフ、センターコンソールがスクリーンとなって、新たにデジタル化していく方向に向かうのかも知れません。いまから10数年後には、物理的な部分がシームレスにつながって、乗る人に“WAO!”という驚きを呼び起こすことになるでしょう」
----すべてがスクリーンになったときに、乗員はなにをしているのか?
HH「ドライバーはスクリーンに投下された各種システムを操作しながら運転に集中することになりますが、助手席やリヤシートに座る乗員は映画などのエンターテインメントに没頭できるはず。こうしたデザインコンセプトの利点は、全方位に渡って人とクルマ、クルマと環境がコネクテッドすることだ。将来的には、それらが絶えずつながっている状態になると思います」
【ボディサイド】 「ローズゴールドのプレートがクルマを運んでいるイメージ」
「ボディ全体、360度に張り巡らせたLEDは“ライトベルト”と呼んでいます。一番下にあるのは、違う質感を持つローズゴールドのアンダースポイラーで、サイドラインからリヤへ向かってつながっています。あたかも、クルマをローズゴールドのプレートが運んでいるような雰囲気を醸し出しています。宝石のように美しい、マルチスポークデザインの24インチホイールを装着しています」
----フランクフルトショーで上司のゴードン・ワグナー氏に聞いたところ、『EQSのデザインは、80%が市販モデルと同じである』と言っていた。その80%の意味を説明してほしい。
HH「ボスが、そう言っていたのなら、多分その通りだ(笑)。たしかに、数年後に街を走ることになる電動化したSクラスは、このようなカタチになるだろう。もちろん、ホイールサイズは少し小さくなるうえ、ベルトラインも存在して、窓の開閉もできるようになる。80%というのは正しいと思います。いずれにしても、もっとラジカルな外観になるだろう」
----デザインするうえで、EVだから出来たこと、EVだから難しかったことは?
HH「デザイナーにとって、新しいドライブトレインのコンセプトが入るということは、とてもやり甲斐があります。例えば、30mm、50mm全高が上がる、ホイールベースが伸びる、オーバーハングが変わる…といった要素が入ると、プロポーションを再構築する必要があります。新しいデザインを考えるときに、なんといってもプロポーションが大切。家を建てるときに、壁や床を決めるよりも、全体の設計が大切なのと一緒なんだ」
----インテリアに関しては?
HH「EV化によって床のトンネルがなくなり、スペースを自由に使えるようになりました。また、ダッシュボードの設計が新しくなり、ミドルコンソールも不要です。我々はEVを作るときに、よくスケートボードの上にクルマを作るというような話をします。しかし、それは簡単なことではありません。メルセデス・ベンツは高品質かつ精密で、伝統あるデザインやDNAを受け継ぐ必要があるのです。職人技も反映させなければなりません。エクステリアで制限がかかるぶん、インテリアに関しては自由度が高まった、と言えるでしょう」
【コクピット】 「ここでは軽やかさ、というものを表現しています」
「インテリアは、ホワイトで統一しています。その理由は、様々なコンテンツをプロジェクターで投影できるようにしているからです。すべての操作はすぐ手が届く範囲に整理されています。コクピットは従来の3ボックス車両と比較してとても広々としており、全方位の視界が広くて運転がしやすいものとなっています。ステアリングの上部がないことで、視覚的にも広さを感じることができます」
「ドライブトレインがないので、ミドルコンソールは浮き上がっています。ここでは軽やかさ、というものを表現しています。室内がブルーに光っていますが、これをコネクテッドライトと呼んでいます。リング状になっていますが、例えば色が赤く変化したら、危険が近づいているという状態を示します。自動運転モードでクルマが移動しているときは別の色になるようなイメージです」
【リヤ】 「LEDはEQデザインにとって、とても大切な要素です」
「ボディサイドから続くLEDは、EQデザインにとって、とても大切な要素です。シームレスな表現をしています。リヤのディフューザーは、もちろん空気の流れを整える重要なパートです」
「往年の名車である300SLのような雰囲気を出すためには、デザインのアイデアが必要でした。トランク上部にはスポイラー形状を採用し、適度なダウンフォースを発生させています」
----ボディカラーに2トーンを採用していますが、市販化したときには単色化もあるのか?
HH「2トーンカラーの採用はグリーンハウスの高さを低く見せるためのもので、コンセプトカーとして視覚上の効果を狙ったものです。また、2トーンカラーは、マイバッハのような高級車に採用されているカラーリングでもあります。しかし、EQSのデザインは、見れば見るほど新しいインスピレーションが湧いていくる。まだ分かりませんが、将来的には、ほぼこのカタチで街を走ることになるかも知れません」
----LEDを用いたカラーチェンジによるメッセージは、EQシリーズだけのものなのか?
HH「我々の他のモデルでもアンビエンスライトを採用しています。LEDなので、どのような色でも良いのですが、ドイツでは自動運転時にはブルー色ということでホモロゲーションを取得しています。赤は危険などの警告です。例えば、赤く点滅することで、危険をより強調することもできるでしょう。我々は“コネクテッドライト”と呼んでいます」
----フロントとリヤにある、複数のスターマークは?
HH「“スターパターン”というもので、EQSで初めて採用しました。過去には、ロゴを見せることに対して控え目だったこともあり、フロントとリヤ、ステアリングに付ける程度でした。しかし、グラフィック的に印象が強いものなので、全面的に打ち出してみよう、ということになりました。シームレスに溶け込んでいくデザインで、LEDと組み合わせることで機能面も確保しました。とくにフロントグリルは奥行きがあり、とてもリッチな雰囲気を演出できました」
----ダッシュtoアクスルについて聞きたい。この両者の関係が、これまでのメルセデス・ベンツのプレミアムモデルとは一線を画すものだ。Aピラーの根本は前に出ており、フロントノーズは短い。
HH「(図版を示して)ホイールベースはSクラスのほうが少し短い。ボンネットの形状もSクラスはエンジンを納めるため、直線的で長いうえ、リヤのオーバーハングも少し長い。それがプレミアムブレステージカーなのです。両方のボディタイプが共存することは充分に考えられるでしょう。伝統的なクルマを好むようであれば、もちろん提供し続けていくことりなります。VISION EQSは、我々が定義したEV化したSクラスであって、どちらがSクラスであるか否かではありません。エンジンを積むのか、バッテリーを積むのかという点でデザインが異なるだけで、どちらもプレミアムブレステージカーなのです。未来へ向けて、エレガントで洗練されているワン・ボウデザインを打ち出していきます。スポーティでエレガントであることが大切であり、EVではワン・ボウデザインがプレミアムブレステージカーである、と我々は定義付けています」
----ありがとうございました。