シトロエンといえば「ハイドロ」と刷り込まれている自動車ファンも多いだろう。あの独特の乗り心地を現代の技術で解釈し直したのがC5エアクロスSUVに採用されているプログレッシブ・ハイドローリック・クッション(PHC)。魔法の絨毯ライクという乗り心地をジャーナリスト、世良耕太が試した。
TEXT &PHOTO◎世良耕太(SERA Kota)
PHCはハイドロニューマチックの現代的解釈
「いい!」と聞いていたので、期待値は上がっていた。なにがそんなにいいのかというと、サスペンションである。どんなサスペンションかというと、シトロエンはプログレッシブ・ハイドローリック・クッション(PHC)と呼んでいる。そのPHCがもたらす乗り心地をシトロエンは、「マジックカーペットライド」と表現している。魔法の絨毯に乗っているかのような乗り心地だと訴えかけているわけだ。
「ハードル上げちゃっているけど、大丈夫か?」と思うと同時に、相当な自信作なのだろうという想像もできる。PHCは複数のユニットを電子制御で連携させて魔法の絨毯のような乗り心地を提供するのではなく、メカニカルな機構のみで実現する。要するに、ダンパーだ。
「シトロエンといえばハイドロニューマチック」というイメージが刷り込まれた層にとっては、「シトロエンは独創的な技術を送り出すメーカー」というイメージが頭の片隅に残っているに違いない。筆者のように。
ハイドロニューマチックは「非常に複雑な構造で、メンテナンスにコストがかかるデメリットもあった」と、プジョー・シトロエン・ジャポンのプレゼンターは説明した。「シトロエンは反省し、メカニカルな構造にすることによって、お客様の負担を軽くしたいと考えました。得られる乗り心地のメリットはそのままに」
PHCはハイドロニューマチックの現代的解釈に位置づける技術であり、ダンパーが単独で機能する。電子制御でアクティブに制御するのではなく、パッシブだ。従来のダンパーはバンプ側(縮み側)でフルストロークした際、最後はゴムやウレタン製のバンプラバーが衝撃の吸収を担って変位の終わりを告げる。バンプラバーがある程度は衝撃を緩和するものの、当然ながらダンパーがストロークしているときほどソフトではなく、硬さ、もっといえばショックを乗員に伝える。
PHCはバンプラバーの機能をダンパーに組み込んでいる。ストロークの位置に応じて減衰力を発生する位置依存型のダンパーを、セカンダリーダンパーとして組み合わせているのだ。つまり、ダンパー・イン・ダンパー。バンプラバーの代わりに専用のダンパーが変位の終わりに向けて減衰していくので、ガツンとした衝撃はやってこない。バンプラバーの役割をセカンダリーダンパーに任せることで、ストロークが微小な領域では、減衰力を極めて小さく(つまりソフトな方向に)設定することができるという。
これが、魔法の絨毯のような乗り心地をもたらすカラクリである。C5エアクロスSUVの場合、フロントは縮み側/伸び側双方にセカンダリーダンパーを搭載。リヤは縮み側のみに備えている。
C5エアクロスSUVは弟分のC3エアクロスSUVと同種のカジュアルなセンスで内外装がまとめられているが、兄貴分(全長は340mm長い)だけあって、遊び心を感じさせながらも大人っぽい雰囲気を漂わせている。一例がシートだ。一部ではあるが、ファブリックを使っているし、ストライプが入っている点もC3エアクロスSUVと共通しているが、グリッドパターンのレザーがシックなムードを生み出している。
そのシート、フレームに載せるウレタンパッドは高密度(つまり硬め)とし、その上に15mm厚のスポンジを載せた構造とした。だから、タッチはやわらかいけど、その奥で体をしっかりと支える。PSAグループに属するどのブランドのクルマに乗ってもそうだが、「やっぱり、フランス車はシートが違うよね」という良き伝統は受け継がれており、このクルマの美点のひとつだ。
肝心の乗り心地だが、1640kgという軽くはなく、重心が高いクルマにしては確かに良好で、電子制御満載の凝ったシステムではなく、メカニカルなシステムを持ったダンパー単体でこの乗り心地を実現していると思うと、感慨が深い。ハイドロニューマチックのように独特な乗り心地ではなく、当たり前だがフィーリングはコンベンショナルなダンパーの延長線上で、懐の深さを感じるといったところが正直な感想だ。
魔法の絨毯はさすがにハードル上げすぎの感がなきにしもあらずだが、路面を問わず快適なのは確かで、ひび割れの多いざらざらした路面を好んで走りたくなる。技術のトレンドを追いかけつつも流されず、独創性を忘れない、シトロエン100年の伝統は生きている、と感じた。
シトロエンC5 AIRCROSS SHINE BlueHDi
全長×全幅×全高:4500mm×1850mm×1710mm
ホイールベース:2730mm
車重:1640kg
サスペンション:Fマクファーソンストラット式 Rトーションビーム式
駆動方式:FF
エンジン
形式:2.0ℓ直列4気筒DOHCディーゼルターボ
型式:BlueHDi2.0
排気量:1997cc
ボア×ストローク:85.0×88.0mm
圧縮比:16.7
最高出力:177ps(130kW)/3750pm
最大トルク:400Nm/2000rpm
燃料:軽油
燃料タンク:52ℓ
燃費:WLTCモード 16.3km/ℓ
市街地モード 13.8km/ℓ
郊外モード 15.9km/ℓ
高速道路モード 18.1km/ℓ
トランスミッション:8速AT
車両本体価格:431万9000円