8月22日、三代目トゥインゴがマイナーチェンジを受けた。そこでMotor-Fan.jpでは、この三代目トゥインゴの魅力を再検証すべく、前期型デビュー時のフランス本国取材や国内徹底取材を振り返る企画を数回に渡ってお送りする。第一回目の今回は、パリの街中で行ったファーストドライブのレポートだ。
TEXT●森口将之(MORIGUCHI Masayuki)
PHOTO●平野 陽(HIRANO Akio)
※本稿は2016年7月発売の「ルノー・トゥインゴのすべて」に掲載されたものを転載したものです。車両の仕様や道路の状況など、現在とは異なっている場合がありますのでご了承ください。
リヤエンジン・リヤドライブは都会の雑踏でこそ際立つ
この日を待っていた。新型ルノー・トゥインゴにパリで乗ることになったのだ。
待ち焦がれていた理由はいくつかある。ルノーの小型実用車としては久しぶりのリヤエンジン方式であること、自分が初代を5年間所有していたこと、そして新型トゥインゴがメインステージと想定しているパリで乗ることができることだ。
パリが走りやすい街かというと、答えに詰まる。今なお多く残る石畳は滑りやすいし、京都のような碁盤の目ではないから、エッフェル塔のような目印が見えない場所では、どこへ向かっているのかが分かりにくい。最近はバスレーンの整備が進んだことで、一方通行になったり車線が減ったりしている道も多い。しかも現地の人たちのドライビングは、日本を基準として考えればかなりアグレッシブで、気を抜いていると流れから取り残されてしまう。
それでもパリを走ることは心地良い。僕は毎年のようにこの街を訪れ、クルマで移動することも多いので、多少は慣れているということもあるけれど、車窓越しに流れゆく美しい街並みを眺めながらの移動は、何度体験しても感動する。それを今回は新型トゥインゴという、最も街を楽しみやすいサイズのクルマで味わうわけだ。
リヤエンジンによる独特の走りは、どれだけパリの街で活きるのか。モノスペースという革新的なパッケージングで親しまれた初代の革新性はどれだけ受け継がれているのか。そして新型はパリに似合うのか。東京ではどうか。そんなことを考えながらドライブに出掛けることにした。
パリの端にある地下駐車場で、実車に対面する。今回は水色、黄色、赤の3台を代わる代わる乗ることになる。見た目はやはり小さい。都市を駆け巡るのに最適なサイズだと直感した。それでいて表情がある。特に顔つきは、ルノーのチーフデザイナー、ローレンス・ヴァン・デン・アッカーが別のページで解説しているように、まさに反抗期の少年という印象を受けた。
4枚になったドアの前側を開けて運転席に乗り込む。アクセスがしやすいのは、フロアもシートも高めだからだろう。乗り降りを頻繁に行なう街乗りで、これは大きなメリットになる。5ナンバー幅に楽に収まる全幅ということもあり、シート幅はタイト。自分と一体になったかのような座り心地をもたらす。元気みなぎる顔つきにふさわしい着座感だ。
今回は日本仕様での主力となる、0.9ℓ直列3気筒ターボエンジンにルノーではEDCと呼ぶ6速デュアルクラッチ・トランスミッションの組み合わせと、我が国では限定車として設定された1.0ℓ直列3気筒自然吸気と5速MTのコンビの、両方を試すことができた。まずはターボEDCに乗って走り出す。
パリの地下駐車場は設計が古い場所が多く、駐車枠はもちろん、地上へとアクセスする螺旋のスロープが、長さも幅も3ナンバーの大型セダンでは躊躇してしまうほど狭い。
でも全長3620㎜、全幅1650㎜、全高1545㎜というコンパクトサイズの新型トゥインゴなら、まったく問題ない。というか、この地下駐車場はトゥインゴのために設計されたのではないかと錯覚してしまうほど。コンパクトなボディにもかかわらず、ホイールベースが2490㎜にも達していることを危惧したのだが、杞憂に終わった。リヤエンジンだからこそ実現できた4.3mという、我が国の軽自動車と同レベルの最小回転半径はやはり大きい。
螺旋スロープはまた、勾配も日本の駐車場と比べるとかなり急だ。しかも各フロアでは出入りのクルマに注意しなければならないから、加減速も頻繁に行なうことになる。ここではターボエンジンとEDCのマッチングの良さに感心した。トルクの段付きや変速ショックとはまったく無縁。進みたいときに進みたいだけ進める。これは期待が持てそうだ、と思っているうちに空が見えてきた。
石畳の大通りに合流し、しばらく直進すると、凱旋門のラウンドアバウトに乗り入れることになる。
ここは阿吽の呼吸で物事が進む。凱旋門をはじめ、いくつかのラウンドアバウトでは右側からの進入が優先なので、その車両に気を付けながら流れに乗り、自分が進む道を見据え、少しずつ外側へと移動し、脱出する。日本では考えられないぐらい車間を詰めてくるけれど、ギリギリのところで譲り合いが行なわれる。今回の取材ではパリに1週間滞在し、凱旋門のラウンドアバウトも毎日のように通過したが、過去に体験したどの他車よりも新型トゥインゴは走りやすかった。ボディがコンパクトであること、車高が適度に高くて見晴らしが良いこと、スタイリングが台形基調で見切りがしやすいこと、ターボエンジンとEDCの組み合わせが自然な反応を返してくること、そしてリヤエンジン方式による確実な加速感など、すべてが凱旋門の味方だった。特に最後のリヤエンジンならではの加速感は、とりわけ雨の日にありがたかった。濡れた石畳は滑りやすい。前輪駆動車で勢い良く発進しようものなら、ホイールスピンして前に進めないこともある。でもリヤエンジンは優秀なトラクション能力を持つから、いかなる状況でも右足の動きと前進力がリンクしている。凱旋門のような場ではこの特性がとても重宝した。
とはいえここを通過するのはちょっとしたイベントであり、それなりに神経を遣う。ラウンドアバウトを抜けてシャンゼリゼに入るとホッとした気分になって、両脇のカフェなどに目をやる余裕も生まれる。ルノーのショールーム、アトリエ・ルノーもこの道沿いにある。
石畳を流しながら感じたのは、ボディ剛性の高さだ。石はアスファルトより固い。長年の交通で角は丸められているとは言え、アスファルトに比べれば凸凹している。そんな状況でもトゥインゴの小さく軽いボディはまったく音を上げない。乗り心地はソフトというわけではないけれど、かっちりしたボディに支えられたサスペンションはしっとり動き、ルノーならではのフラット感をもたらしてくれる。
リヤタイヤがぐっと踏ん張り、路面を蹴りながら旋回を強めていく
続いて訪れたのは北部にあるモンマルトルの丘。今から1世紀以上前の1898年、ルノーの創始者ルイ・ルノーが自作のトランスミッションを積んだ自動車でクリスマスイヴの日に坂道を勢い良く駆け上がり、その場に集まった人々から売って欲しいという声が殺到。自動車会社の設立を決意した場所でもある。
ここでのトゥインゴは、そのときのエピソードを思い出させるような走りだった。やはりリヤエンジンならではのトラクション能力の高さが効いている。ここも石畳が多く、グリップでは不利なのに、アクセルペダルを踏み込むとリヤタイヤにぐっと力が伝わり、その力を石畳に確実に伝えてぐんぐん坂を登っていく。頼もしささえ感じる走りっぷりだ。
モンマルトルの丘での撮影を終え、続いて向かったのはセーヌ川の反対側、つまり左岸にあるサンジェルマンデプレだ。教会を中心として発展したこの地区は、長い歴史を持つカフェが立ち並び、哲学者や作家、映画監督などが議論を戦わせた場所として知られている。
このあたりはクルマがやっと1台走れるぐらいの幅しかなく、交差点を曲がることさえひと苦労という認識だったが、ここで新型トゥインゴの持つ機動性が遺憾なく発揮された。軽自動車並の小回り性能とコンパクトなボディのおかげで、どこにでも入っていける。高めのアイポイントと見切りの良いボディも味方になってくれる。パリをより深く知ることができるクルマという側面も、新型トゥインゴは備えていた。
迷路のようなサンジェルマンデプレの裏道を出て、広い道へ。ここで加速を味わってみる。ターボは前にも書いたように、低回転から扱いやすいトルクを発生してくれるので、アグレッシブなパリの流れの中でもストレスは感じない。EDCの的確なギヤセレクトも貢献しているだろう。加速力そのものも俊敏と呼べる。
凱旋門のラウンドアバウトなど、一瞬を争うような状況では、マニュアルモードを選べば良い。基本的にMTと同じになるから、周囲のクルマと堂々と張り合える。セレクターレバーの根元にあるボタンで選択するエコモードは、レスポンスが穏やかになるものの、東京よりもはるかに速いパリの流れに楽勝で乗れる。
自然吸気MTのブルーのトゥインゴに乗り換えると、ターボEDCと比べてトルクの細さを痛感する。でも右手でシフトレバーを的確に操り、回転をある程度のレベルまで上げれば、周囲の流れをリードできることにまもなく気付く。そんなシーンでありがたいのは、高回転までエンジンを回しても静かなことだ。リヤエンジンのメリットだ。しかもその音質は良い意味で3気筒らしくない。シフトレバーのタッチも予想以上に確実で、シフトワークを楽しみとして感じられるタイプだった。
そしてハンドリング。といってもパリで試せる部分は少なかったけれど、リヤエンジンらしさは感じられた。Aセグメントの実用車だけあって、パワーステアリングのレスポンスはそれほどクイックではないが、舵が効いてからのノーズの動きはとにかく軽い。スッスッと向きを変えてくれる。そして立ち上がりでアクセルペダルを踏み込めば、リヤタイヤがぐっと踏ん張り、路面を蹴りながら、旋回を強めていく。前輪駆動とは明らかに違う感触。量産車としての安定感とリヤエンジンならではの個性を、最適のポイントで両立させたチューニングだと思った。
撮影の合間にパッケージングをチェックしてみた。リヤシートは、身長170㎝の自分が前後に座った状態で、ひざの前には10㎝ほどの空間が残る。フロントシートの背もたれが窪んでいることが効いているし、足を置くフロアが斜めなので楽だ。頭上も十分に余裕がある。4人の大人が乗ってのドライブにも十分対応できるだろう。
後方のラゲッジスペースも、下にエンジンがあることを考えれば低く、リヤシートだけでなく助手席も背もたれを倒してフロアを一気に広げることができるので、マルチパーパス性もこのクラスの水準に達しているという印象だった。
ところで今回の3台は、シャシーのセッティングがすべて違っていた。サスペンションは水色がスタンダードなのに対し、赤と黄色は車高がやや低くなる、日本仕様と同じスポーティなチューニング。ホイール/タイヤは水色と赤が16インチ、黄色が15インチだった。
つまり日本仕様に近いのは黄色のセットだったが、結論から言えばこれがベストだった。石畳ではもちろんスタンダードのサスペンションのほうがマイルドだが、路面からの衝撃を和らげる点では15インチのほうが効果的だと感じた。一方、高速道路での直進安定性は、車高をやや落としたサスペンションを装備したターボが上だった。パワーステアリングがターボではバリアブルレシオとなることも大きい。この仕様を選んだルノー・ジャポンの見識の高さに感心した。
その高速道路では、今回はさほど遠出はしなかったので110㎞ /h制限の区間が多かったのだが、このスピードレンジではターボ、自然吸気ともに、Aセグメントとは思えないほどの静粛性がありがたかった。エンジンが遠くにあることが大きい。EDCの的確なキックダウンも好印象だった。逆にMTは自然吸気エンジンの力がほどほどなので、ドライバーが的確な変速を行なう必要があった。逆に言えば、それだけMTの醍醐味が堪能できるということだ。
途中で最後の取材を終え、ルノー本社に車両を返却すべく、再び高速道路に乗る。気が付けば乗り心地は、当初感じた硬さが取れて、ルノーらしいしっとり感を届けてくれるようになっていた。パリの外縁をなぞる環状高速道路ペリフェリークの、さらに外側にあるA86を西へ向かい、途中でルーアンから来たA13に乗り換える。道はまもなく下り坂のカーブの連続に変わっていく。
視線の先にはセーヌ川。その向こうにはパリの街並みが広がる。小さなクルマだからこそ、1週間よく駆け抜けてくれたという気持ちがこみ上げる。そしてこれでお別れかと思うと寂しさが募る。もっと走り続けていたいという気持ちを日本仕様に託して、トゥインゴと僕はセーヌ川を渡った。