世界最高のアストン使いにして、新型ヴァンテージのGTマシンの開発ドライバーを務めているダレン・ターナーが来日した。アストンマーティンのレース活動はもちろん、サーキットで培ったノウハウが、どのようにロードカーに反映されているのか、最もアストンマーティンを知る男の言葉で説明してもらった。
REPORT●佐野弘宗(SANO Hiromune)
目指すのは「コントローラブルで速い」
現在45歳のダレン・ターナー(Darren Turner)は、2005年のル・マン24時間でプロドライブのアストンマーティンDBR9を駆ってから今年まで15年連続、アストンマーティンでル・マンを走って通算3度のクラス優勝に導いたイギリス人ベテランドライバーだ。ターナー選手はいわば「世界最高のアストン使い」にして、新型ヴァンテージのGTマシンの中心的な開発ドライバーを務めている。
そんなターナー選手がこの8月初頭に来日したのは、スーパーGTの第5戦富士で、GT300クラスに参戦中の「D'stationヴァンテージGT3」のステアリングを握るためである。このように世界中のカスタマーチームの助っ人役を務めるのも、アストンマーティンレーシング(AMR)のワークスドライバーであるターナー選手の大切な仕事だ(注:その結果はギリギリでポイントを逃すクラス11位という悔しい結果だったが、インタビューはその直前に行われた)。
「今年だけでも3月と4月のスーパー耐久に続く3度目の日本ですし、この2週間前にもブリティッシュGTでニュージーランドのカスタマーのマシンに乗りました。こういう場合はプラクティスもなくブッツケ本番で走ることも少なくないのですが、今回はスーパー耐久でも走ったD'stationチームですので雰囲気はだいたいつかめていますし、一緒に走る藤井(誠暢)さんやJP(=ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ選手)といった経験豊富なドライバーがサポートしてくれるので心配はまったくありません。
ただ、日本がここまで暑いとは思いませんでした。先週のイギリスもかなり暑かったんですが、湿気がすごい。もっとも、ヴァンテージGT3にはエアコンがついているから、ロードカーほど快適ではないけど、なんとか“アクセクタブル=許容範囲”な環境です(笑)。ヴァンテージGT3のレースカーに装着されているエアコンはキャビン全体を冷やすオーソドックスなものですが、装材もすべて剥がされているレーシングカーのキャビンは非常にオープンなので、コクピットだけを効率的に冷やすために、布やな樹脂パネルなどで運転席を囲むようにしたりもしています。
現在のWEC(FIA世界耐久選手権)では、ドライバーの健康管理のためにコクピットの上限温度が決められていて、それを超えるとブラックフラッグが降られるんです。だから、現代の耐久レースカーのコクピットはそれなりに“分別のある”環境ではあるんです」
新型ヴァンテージをベースとしたGTマシンには、GTE ProカテゴリーとしてWECなどに参戦する「ヴァンテージAMR」、世界各国のGTレースや耐久レースで使われる「ヴァンテージGT3」、そしてさらに手頃な「ヴァンテージGT4」がある。
「先代ヴァンテージにはV8のGTEとV12のGT3がありましたが、新型ヴァンテージはすべてV8ターボで、AMR、GT3、GT4……という順番で開発してきました。
新型ヴァンテージで先代から最も向上したのは空力……ダウンフォースです。先代ヴァンテージはとにかくコントローラブルなのが強みでした。そのコアバリューを新型でもしっかりと受け継ぐのが重要な開発目標です。“運転しづらくてもいいから、とにかく速くしろ”というのはある意味で簡単なのですが、我々が目指すのは“コントローラブルで速い”であり、それを実現するのは目指すのは簡単ではありませんが、そこがアストンマーティンのDNAでもあるんです」
そんなターナー選手だが、彼自身の主戦場はAMRで参戦しているWECだ。先日終了したばかりの2018-2019年シリーズは新型ヴァンテージAMRの初シーズンでもあった。
「序盤戦となった昨年のル・マン24時間やスパの段階では“まだまだだな”というのが正直な感覚でしたが、1年以上の長いシーズンを終えて振り返ると、上海と今年のスパで合計2勝することができましたし、今年ル・マンでも予選クラストップを取ることができました。純粋なリザルトは事前の予想以上です。というわけで、2シーズン目となる2019-2020年シーズンはクルマの完成度も上がることで、タイトルの可能性もあると思っています」
ターナー選手の所属はアストンマーティンのレーシング部門となるAMRだが、その親会社でもあるアストンマーティン・ラゴンダ社が作るロードカーの開発に駆り出されることもあるという。
「たとえば新型ヴァンテージではニュルブルクリンク北コースのテストを担当したり、タイヤやサスペンションセッティングの選択肢をいくつも試して、そのフィードバックを(チーフエンジニアのマット・)ベッカーとヒザを突き合わせて話し合うこともありました。
アストンマーティンのクルマ作りは“デザイン優先”なんです。ここでいうデザインとはもちろんコスメ的な意味ではなく、レイアウトにダイナミクスやジオメトリーも含めたすべてのデザイン=設計のこと。クルマは基本デザインができた段階である程度決まってしまうものなんです。
今もチーフテスターの(クリス・)グッドウィンが新型ヴァルキリーのテストを集中的にやっていますが、こうしたテストもあくまで“ファインチューニング”であって、この段階でテストドライバーがなにを言っても別のクルマにはなりません」
その注目のハイパーカー、ヴァルキリーについては今後ターナー選手も「少なくともトラックバージョンの開発には参加することになるのでは……」と覚悟(?)しているとか。
「アストンマーティンの開発では“ハイパフォーマンス耐久テスト”を必ずやるからです。これはサーキットをぐるぐるとラップし続ける……という過酷なもので、場合によってそれを何日間も繰り返すことになります。そのときのドライバーは、おそらく私がやらされるんじゃないかな(笑)」