異なるパワートレーンを搭載することを想定して生まれたクラリティ。その言葉通りにFCV、EV、そしてPHEVが登場した。動力にエンジンが加わったことで走りはどう変わるのか。その結果は望外の魅力に満ちていた。
REPORT●石井昌道(ISHII Masamiti)
PHOTO●平野 陽(HIRANO Akio)/井上 誠(INOUE Makoto)
燃料電池、電気と並ぶ3つめのパワートレーン
初めてクラリティに出会ったのはもう10年以上前のことになる。現行のクラリティFUEL CELLの前身であるFCXクラリティの、そのまた原型となったFCXコンセプト。それまでFCV(燃料電池車)と言えば嵩張るユニット類を収めるべく背高で無粋なルックスというのが相場だったが、FCXコンセプトは低重心なセダンで空力を強く意識したエアロフォルム。いまのようにクーペルックのセダンがプレミアム・ブランドの一ジャンルとなる前だったこともあり、とてつもなく新鮮に映ったものだ。
過去のCR-Xや初代インサイトなど、ホンダが環境ソリューションを考慮して生み出してきたモデルは、技術に懸ける情熱が溢れるのか、どれも機能を超えた美しさや潔さがあるが、中でもFCXコンセプトのオーラは際立っていて、艶めかしく、セクシーでさえあった。
そこからホンダの環境技術の象徴として育まれてきたクラリティは、FUEL CELL、EV、そして今回リリースされたPHEVと3種類の先進パワートレーンを搭載するシリーズとして確立された。本格的な普及はまだ不透明なFUEL CELL、利便性に課題が残るEVに比べてPHEVは現実的。だから先進性では一歩譲るかと思いきや、そうとも言い切れない。FUEL CELLとEVが電気モーターだけで走るのに対してエンジンの力を直接タイヤに伝えるモードを持つゆえ、メカニズムとしては複雑で奥深い。このエンジンドライブモードの他、バッテリーのSOC(充電状態)が十分にあればEVドライブモード、一定量まで減ればハイブリッドドライブモードと3つのオペレーションがなされ、さらにSOCをキープする、あるいはチャージするためにエンジンの発電状態を変化させもする。持ちうるエネルギーをいかに高効率に使うか、ホンダの英知がとことん詰め込まれたのがSPORT HIBRID i-MMD Plug-inと呼ばれるシステムを搭載したクラリティPHEVなのである。
試乗はSOCが上限に近いところから行なった。その状態ではEVドライブモードが基本となる。アクセルを床まで踏み込んで最強の加速を要求すればバッテリーからの持ち出しだけでは電力が足りなくなり、発電のためにエンジンが掛かるが、その手前でも十二分に速い。
クラリティPHEVには、エンジン車のタコメーターに相当するパワー/チャージメーターがある。パワー側は上半円になっていて8つの目盛りが刻まれる。アクセル全開では一番右の8目盛りまで振り切れるが、SOCが十分に高いときはエンジンが掛からない状態でも6と7の間ぐらいまではいく。そこまではメーター内のブルーのゾーンとされ、超えるとエンジン始動。メーターを見てもわかるのだが、実は右足でもエンジンが掛かる境目はわかるようになっている。ペダルがクッと重くなるクリック感があるからだ。エンジン車のキックダウンスイッチを用いた物理的なものなので、モードやSOCなどで違いがあり、必ずしもエンジンが掛かる瞬間にクリックがくるわけではないが、SOCが十分でECONで走っていればほぼぴったり。NORMALでは、クリック感より前でエンジンが掛かるがクリックとともに回転数が上がる。人はハイブリッドカーに乗り慣れるとなるべくエンジンを作動させないで運転することに快感を覚えるようになるものだが、クラリティPHEVはその心理がよくわかっている。
試しにアクセル全開と、エンジンが掛からないギリギリでの加速を比べてみたが0-50㎞/hはほぼ同じで4〜5秒、それ以上になると差が開き、全開で約9秒のところ、エンジンが掛からないようなアクセル操作だと約12秒だった(手動計測であくまで参考)。とはいえ、EVドライブモード内でも速さは十分で10㎞/h以上でも苦もなく速度を高めていく。80〜100㎞/hの高速域でも巡航ならばパワーメーターの1目盛りとちょっとで事足り、2になればスルスルと加速。3ならば交通の流れをリードできそう。合流や追い越しなどの急加速でも4〜5で十分だ。
プラグインハイブリッドのEVドライブでこれだけパフォーマンスが高いのは異例と言えるが、それはアコードPHEVでの経験を踏まえ、バッテリーやPCU(パワーコントロールユニット)などをブラッシュアップしてきたからだ。アコードPHEVに対してバッテリー出力は1.4倍、PCUのEV出力は3.3倍。バッテリー容量は17.0kWhで約4倍のEV使用容量となり航続距離は100㎞を超える。大容量化は電気の使い方に余裕をもたらし、パフォーマンスにも貢献。また、小排気量なエンジンでシステムを成立させることができたのも、電気の出力と容量が大きいからだ。
日本は電動車先進国なので電気モーターに特有の魅力があることを理解している人も少なくないだろう。走り出しから大トルクで押し出していく感覚、言わずもがなの静粛性。古くから高級車のエンジンは大排気量にして低回転・大トルク型かつ静かな特性を狙い、良くできたそれは「まるで電気モーターのよう」と形容されてきたことからもわかるように、EV走行はハイパフォーマンスかつ贅沢な雰囲気に満ちている。
ただし、電気モーターの特性そのままに走らせるだけでは、走り出しは強力だけれど、速度が上がるほどにトルク感が薄れていき、どこかで頭打ちになる残念な感覚になりがち。ホンダも、過去のEVやFCのコンセプトカーなどではそういった傾向にあったが、FCXコンセプトから独特の味付けをするようになった。走り出しは十分に力強く、速度が上がってもそれが持続する、実に伸びやかなフィーリング。クラリティPHEVにもそれはしっかりと受け継がれ、磨かれている。電気モーター特有の贅沢な加速感がどこまでも続いていくのだ。それもエンジン車と違ってレスポンス遅れなどまったくなし。右足の動きと望みの加速感がぴたりとシンクロして気持ちいいことこの上ない。
モーターにも劣らぬ力強さのエンジンドライブモード
その思いをさらに助長するのが、SOCが減ってハイブリッドに移行し、エンジンドライブモードを試したときだった。約70㎞/hを超えた高速域であまり負荷が高くない状態でエンジン駆動に移行。驚いたのはそれなりの加速をしてもエンジン駆動が続くことだった。他のi-MMD搭載車は加速させるとサッと外れてエンジン発電・電気モーター駆動に移るがクラリティPHEVは粘る。実は電気モーターがアシストに加わるのだが、ここにも電気系を強力にした恩恵が効いている。だから「エンジン駆動はあんまり力がないな」という感覚はなく、電気モーター駆動時のトルキーさと変わらぬ高速走行がいつでも堪能できる。
一般的に電動化が進むと、エンジンのように走りのキャラクターを分けることが難しくなると言われているが、ホンダはすでにひとつの回答をクラリティPHEVで見せている。賢く最高効率を追求しながら高速域での伸びやかさを実現しているのだ。
わざわざエンジンドライブモードを持たせたのはもちろん効率のため。電気モーターは投下されたエネルギーでタイヤをどれだけ回せるかの効率がエンジンの二倍以上は高く、しかも0rpmから最大トルク(タイヤを回転させる力)を発揮させられるのが大きなメリット。エンジンは最新のガソリン直噴ターボでも最大トルク発生値は1500rpmほど、NAでは3000〜4000rpmは回さねばならず、0rpmからアイドリングまではまったく使い物にならない。だからトランスミッションでたくさんのギヤを刻んで美味しいエンジン回転域を使ってクルマを走らせる。だが0rpmからきっちり使える電気モーターならば1ギヤで済み、実際にクラリティは3車種ともそうなっている。
過去に燃費と速度の関係を調べるべく、さまざまなクルマをテストコースに持ち込んで燃費テストをしたことがある。20㎞/hから120㎞/hまで10㎞/h刻みで一定速走行時の燃費を計測したところ、エンジン車のほとんどは60㎞/hが最も燃費が良く、それ以下でもそれ以上でも悪化した。速度が上がればクルマは大きな仕事をすることになり、走行抵抗も増えるので悪化するのは納得いくが、低速方向での悪化はちょっと不思議な気もする。だが、考えてみれば単純な話で60㎞/h付近は最も高いギヤでエンジン回転数が低いところを使えているが、速度が下がればギヤが低くなるからエンジンが回っている割に距離が伸びない=燃費が悪いということだ。対する電気モーター車は、20㎞/hが最も電費が良く、速度が上がるごとに悪化。1ギヤなので仕事とエネルギー消費が素直な関係になる。クラリティPHEVは電気モーターとエンジン、それぞれの特性を活かし、総合的にエネルギーマネージメントを考慮してモードを切り替えていくのだ。
ECONよりもNORMAL、それよりもSPORTとなっていくほどにアクセル操作に対する反応は鋭くなる。それを実現するためにエンジンが早めに掛かるようになるが、それもまた違った快感がある。エンジン・サウンドがそこそこに刺激的で持てる力を振り絞っているフィーリングになるからだ。スパーンと最高回転の5500rpmまで回ると、ドライバーの血流もちょっと速くなる気がする。
ハイブリッドドライブモードでの一般的なペースの走行で、エンジン音が耳につくようなことはない。始動は至ってスムーズでシュルシュルと知らぬうちに掛かり、その後も2000rpm+αぐらいの静かな領域で使うのがほとんどなので、気にならないのだ。
電動車ゆえ、減速エネルギーを電気に変換する回生がもちろん行なわれるのだが、その強さを切り替えられるのが面白い。通常、Dレンジで走っているときはエンジンブレーキ相当の自然な減速感だが、ステアリングのパドルで4段階の調整が可能。高速巡航時や下り坂でちょっと強めの減速が欲しいとき、ワインディングをスポーティに駆け抜けるときなどに有効。ドライビングの一体感を高めてくれるアイテムだ。
ホンダ車の中でも俊逸なシャシーの仕上がり
パワートレーンばかりに目がいきがちだが、シャシー性能も大いに注目すべき出来映えだ。ボディ剛性が高く、サスペンションがスムーズにストロークする。後ろ足がしっかりと地面を捉えて安定感が高いゆえ、ステアリング操作に対して俊敏にノーズを動かしても全体の動きに無理がない好ましい循環にある。快適な乗り心地とファン・トゥ・ドライブが高い次元で両立されているのだ。
ステアリングフィールも秀逸で、中立付近がわかりやすく微舵領域の反応がいい。高速ロングドライブでも疲れが少なそうな特性だ。クラリティFUEL CELLも基本的には同様だが、大容量バッテリーと燃料タンクを床下配置したことで重量バランスが良くなり、舵の効きの確実性や安定感が増した。正直に言って、いまのホンダ車のなかでシャシー性能だけみても、最もいいクルマに仕上がっていると思えるほどだ。
EVやFUEL CELL以上に複雑なパワートレーン/ドライブトレーンを持つPHEVは、クラリティが当初から見せていたセクシーさが際立っていた。エンジン/モーターの最高効率を目指すとともに、電動車の味わいを奥深きものにして乗る者を虜にしてやるという造り手の情熱に、知らず知らずのうちにほだされているからだろうか? 環境対応車の試乗では冷めた気分になることもしばしばだが、今回ばかりは心にポッと灯りが点ったように暖かい気持ちになったのだった。
■寸法・重量
全長(㎜):4915
全幅(㎜):1875
全高(㎜):1480
室内長(㎜):1950
室内幅(㎜):1580
室内高(㎜):1160
ホイールベース(㎜):2750
トレッド(㎜) 前:1580 後:1585
車両重量(㎏):1850
定員(名):5
■エンジン
型式:LEB
種類:直列4気筒DOHC
ボア×ストローク(㎜):73.0×89.4
総排気量(㏄):1496
圧縮比:13.5
最高出力(kW[㎰]/rpm):77[105]/5500
最大トルク(Nm[㎏m]/rpm):134[13.7]/5000
燃料供給装置:電子制御燃料噴射式(ホンダPGM-FI)
燃料タンク容量(ℓ):26(レギュラー)
■モーター
型式:H4
種類:交流同期電動機
最高出力(kW[㎰]/rpm):135[184]/5000-6000
最大トルク(Nm[㎏m]/rpm):315[32.1]/0-2000
駆動用主電池 種類:リチウムイオン電池
■トランスミッション
形式:―
変速比 前進:― 後退:―
最終減速比 第一:2.454(電動機駆動)0.805(内燃機関駆動) 第二:3.421
駆動方式:FF
パワーステアリング:電動式
サスペンション 前:ストラット 後:マルチリンク
ブレーキ 前:ベンチレーテッドディスク 後:ディスク
タイヤ・サイズ:235/45R18
最小回転半径(m):5.7
JC08モード燃費(㎞/ℓ):28.0
EV走行換算距離[JC08モード](㎞):114.6
車両本体価格:588万600円