ホンダが後輪駆動のピュアスポーツオープンカーに与える「S」の名を冠したミッドシップ2シーター軽「S660」をベースとして、ホンダの純正用品を手掛けるホンダアクセスは内外装やサスペンション、ホイールなどをトータルチューンした「モデューロX」を開発。2018年5月に発売したこのコンプリートモデルに、首都高速道路を中心として市街地も交えながら試乗した。
REPORT●遠藤正賢(ENDO Masakatsu)
PHOTO●遠藤正賢/本田技研工業/ホンダアクセス
スポーツカーとして入念な仕立て
「モデューロX」は12年12月の初代N-BOXを皮切りとして、N-ONEが15年7月、ステップワゴンが16年10月、フリードが17年12月に発売されており、S660モデューロXがその第5弾にあたる。
従来は、空力バランスを整えるべくアンダーフロアを含めて専用設計されたエアロパーツ、タイヤの接地性を高める専用セッティングのダンパー・スプリングと、軽さのみならず縦横双方の剛性バランスにも配慮した専用アルミホイール、スポーティながら落ち着いた雰囲気の上質なインテリアが、主なチューニングメニューだった。
S660モデューロXではさらに、ブレーキにも専用のスポーツパッドとドリルドローターが与えられたほか、ダンパーは前後とも減衰力5段階調整式とされるなど、より一層深く走りに踏み込んだ、スポーツカーにふさわしいメニューが加えられている。
この軽自動車を超えた質感は、本革とラックススェードを用いたボルドーレッド×ブラックのインテリアもまったく同様。ほぼモノトーンブラックのカタログモデルにはない、良い意味での派手さと色気がある。これは、インテリアもエクステリアの一部となるオープンカーには必須の素質だ。
パッドとローターが強化されたブレーキも、チューニングの方向性は同じと言えよう。ごく低速域で「キー」という甲高い音こそしないものの「ゴー」という摺動音は、オープンで走行すれば必ず耳に入る。だがペダルタッチに剛性感があり、効きそのものも踏力に応じてリニアに立ち上がる理想的なもの。チューニングメニュー拡大の効果は、誰でも確実に体感できるものに仕上がっていた。
ベンチマークはS2000
このほか、ノーマルと共通の部分にも言及しておきたい。ターボチャージャーをハイレスポンスタイプとした専用セッティングのS07A型ターボエンジンは相応にターボラグが大きく、3000rpm以下では反応が鈍いものの、それ以上ではアクセル操作に対するツキが良くなり、6速MT車ではCVT車より700rpm高められたレブリミット7700rpmまで一気に吹け上がる。
また、6速MTの「S2000に匹敵するシフトストロークの短さ」というホンダの主張に嘘偽りはなく、短くソリッドで、それでいながら軽くスムーズな、ホンダ車らしいシフトワークを楽しめる。
ただしギヤ比も、2.0L自然吸気で9000rpmを許容するS2000と、レブリミット7700rpmの660ccターボながら実質的にほぼ変わらず、軽自動車のスポーツカーとしては全体的にハイギヤード。特に6速は高速巡航時の静粛性確保のため100km/h走行時に3200rpmとなるよう設定されている。せめて最終減速比をもっとローギヤード化し、加速重視に振った方が、スポーツカーらしくキビキビと走れるだろう。
【S660 6速MTのギヤ比】
1速 3.571
2速 2.227
3速 1.529
4速 1.150
5速 0.869
6速 0.686
後退 3.615
最終減速比 4.875
S660ではほかにも、S2000と同等レベルを達成したとホンダが主張する項目がある。それはボディ剛性と、オープン走行時の爽快感だ。結論から言えば、前者は達成しており、後者は遠く及ばない。
そして、巻き取り式ソフトトップを採用したためその収納スペースが必要となり、結果としてラゲッジスペースはゼロ。良くも悪くも“タイヤが4つ付いたバイク”であり、日常の買い物程度はこなせるS2000よりもむしろ購入のハードルが高くなっている。だから私はS660デビュー当時、購入を断念した。
S660モデューロXの285万120円という車両本体価格は、その内外装と走りの質感からすれば大いに納得できるものだが、S660自体の構造上の問題から複数台所有が大前提となるため、実際に購入できるのは相応の収入と駐車スペースを持つ富裕層に限られる。
ならばもう少し高価にしてでも、フルバケットシートやスポーツマフラー、ローレシオファイナルギヤやトルセンLSDなども入れて、走りに関しては隙のない、文字通りの“コンプリート”カーに仕上げてほしい……というのは、贅沢に過ぎるだろうか?
【Specifications】
<ホンダS660モデューロX(MR・6速MT)>
全長×全幅×全高:3395×1475×1180mm ホイールベース:2285mm 車両重量:830kg エンジン形式:直列3気筒DOHCターボ 排気量:658cc ボア×ストローク:64.0×68.2mm 圧縮比:9.2 最高出力:47kW(64ps)/6000rpm 最大トルク:104Nm(10.6kgm)/2600rpm JC08モード燃費:21.2km/L 車両価格:285万120円