フェラーリとポルシェのエンブレムを見てみると、いずれにも馬がデザインされていることがわかります。後足で立ち上がる馬の姿のこのデザイン、非常に似ていますね。この馬には、一体どのような秘密があるのでしょうか。
世界で最も有名な自動車エンブレムといえば、フェラーリではないでしょうか。後足で立ち上がった馬のエンブレム、つまり跳ね馬(カバリーノ・ランパンテ)は力強くスピード感に溢れ、フェラーリのイメージにもピッタリですよね。
創始者のエンツォ・フェラーリがこのエンブレムを自身のレーシングチームのマークとするきっかけとなる出来事があったのは、1923年のことです。同年6月にサヴィオ・サーキットで行われたレースで圧勝したエンツォ・フェラーリはエンリコ・バッカラ伯爵夫妻と出会います。このバッカラ伯爵夫妻の息子であるフランチェスコ・バッカラはイタリアの国民的英雄と言われた有名な戦闘機パイロットで「撃墜王」と呼ばれた男。そして彼が所属するスクーデリア91a部隊のマークが、この跳ね馬でした。
エンツォの果敢な走りを見た伯爵夫人は「フェラーリ、あなたのレーシングマシンに私の息子の跳ね馬マークをつけたらどうかしら」と勧めました。そしてフェラーリはデザインを煮詰めて1930年代になって自分のレーシングマシンにカバリーノ・ランパンテを装着するようになったのです。
このエピソードはフェラーリファンにはよく知られていますが、この跳ね馬マークはバッカラ氏個人のものではなく、スクーデリア91a部隊のマーク。ましてや、いかに英雄でもその母親にマークを譲る権利などはありません。このエピソードはフェラーリ自身の回顧録に基づいているのですが、フェラーリの回顧録は必ずしも真実ばかりでなく、自分に都合の良いように脚色されている部分も多いので、このエピソードが本当に史実として正しいのかどうかは、明らかではありません。
そして、実はエンツォ・フェラーリの兄であるアルフレッドがこのスクーデリア91a部隊で地上勤務を行っていたという興味深い事実もあります。そうやって考えると、よく知られたこのエピソードにも何らかの「裏」があるのかもしれませんね。もっとも、今となっては確かめようもありません。
ところで、跳ね馬の自動車エンブレムと言ったら、もうひとつ大事なブランドがありますね。そう、ポルシェです。ポルシェのエンブレムの中央にもやはり跳ね馬が入れられています。これはポルシェの本拠地であるドイツ・シュツットガルト市の紋章から取ったものですが、なぜこんなにフェラーリとポルシェの跳ね馬は似ているのでしょうか。
実はスクーデリア91a部隊の跳ね馬マークは、バッカラが撃墜したドイツ軍機がつけていたものを採用したものでした。そしてそのドイツ軍機のパイロットはシュツットガルト出身で、彼は自分の故郷の紋章を機体につけていたのです。
つまり、フェラーリとポルシェの跳ね馬は、いずれも起源はシュツットガルト市の紋章なのです。イタリアとドイツのスーパースポーツカーのライバル同士のエンブレムが同じルーツとは、非常に面白いですよね。しかしフェラーリがこのエンブレムを商標登録しようとした際には、シュツットガルト市がこのマークの所有権を主張して揉める、ということもあったようです。