2019年に登場する新型モデルでもっとも注目度が高いと言い切っていいだろう「Mazda3(旧車名:アクセラ)」。そこには、SKYACTIV-X(スカイアクティブX)エンジンだけでないさまざまな技術的トライが投入されている。プロトタイプ試乗と開発エンジニアとの対話から、あらためて新型マツダ3への期待をジャーナリスト、世良耕太が語る。
TEXT◎世良耕太(SERA Kota)
東京オートサロン2019(1月11日〜13日、幕張メッセ)での楽しみのひとつは、マツダのブースで日本初公開されるMazda3だ。実物を目にする前の予習と復習の意味で、2018年6月にマツダ美祢試験場(山口県)で行なわれた「次世代技術説明会」(2017年10月に実施した説明会の内容と同じ)の取材メモを振り返ってみた。
技術説明会では前段としてマツダの長期ビジョンに関する説明があったが、そのなかで「マツダは内燃機関の理想を徹底的に追求し、この分野で世界ナンバーワンを目指す」との話があった。この意欲的なビジョンを実現するためのキー技術がHCCI(予混合圧縮着火燃焼)である。エンジンを開発する技術者の間では、その効率の高さから「夢のエンジン」とか「究極の内燃機関」と呼ばれている技術だ。
そのHCCIを実用化したエンジン、すなわちSKYAKTIV-Xがマツダ3に載る。それだけでも興味津々だ。美祢試験場ではSKYAKTIV-Xと6速ATを組み合わせた試験車、それにSKYAKTIV-Xに6速MTを組み合わせた試験車に試乗した。
効率の高さと引き換えに退屈なエンジンになっていないことは、短時間の試乗でも充分に確かめることができた。オンになりっぱなしだったICレコーダーのデータを聞き返してみたら、試乗を終えて降りるときに「あぁ、気持ち良かったぁ」という独り言が入っていた……。
「いいエンジンサウンド」をどこまで聴かせるか
ドライバーの意思によるシフト操作とエンジンサウンドがシンクロするからだろうか、MTとの組み合わせには胸が躍った。「いい音してますね」と、説明役として同乗した技術者に話を向けると、「環境だけのエンジンは作りたくありませんから」との答えが即座に返ってきた。
ドライバーの「心を元気にする」のもSKYAKTIV-Xの開発テーマのひとつだと教えられた。マツダは、「クルマを運転する歓びを感じていただき、運転を通じて高揚感、達成感を得ることで、ストレスある世の中で心豊かな人生を味わっていただきたい」という思いも長期ビジョンに込めている。
試作車でもその心意気は充分に感じられたが、技術者は悩んでいた。もっと積極的に音を聴かせたほうがいいのではないかとか、音質はこのままでいいだろうかとかだ。マツダ3はカプセルエンジンになっている(試乗した試作車も同様)。(前の晩に止めて次の朝に始動する際も含め)再始動時の暖機性を高め、燃費の悪化を抑えるのが第一の狙いだ。
第二の狙いはNVH(振動騒音)で、エンジンをカプセルで包んでいるので、静粛性は高くなる。試乗した印象でも、確かに静粛性は高い。だが、引き換えに「いい音」もかすんでしまう。それが悩みのひとつ。悩みのふたつ目は音質で、ヨーロッパの人にとってはもう少し低めの音が好まれるかもしれない。別の技術者は「どんな音が気持ちいいのか、人間中心に研究しています」と答えた。
キーワードは「位相」
人間中心といえば、SKYAKTIV-VEHICLE ARCHITECTUREと呼ぶシャシー系の開発哲学は「人間中心」である。マツダ3から始まる新世代商品群に共通する思想で、マツダがかねてから訴えている「人馬一体」を実現するための最新の考え方だ。
人間中心の設計例をサスペンションに見てみよう。キーワードは「位相」だ。位相がずれると人間はバランスが取りにくい。だから、路面の突起を乗り越えた際は、時間軸で遅れなく滑らかに伝達するようにしたい(遅れると違和感につながる)。
現行アクセラのリヤサスペンションは、突起を乗り越えた際、タイヤが後ろに逃げて荷重をいなす考え方で設計されていた。しかし、これだと力の大きさのピーク値は低減できるものの、乗員に入力が伝達されるまでに位相差が生じてしまう。そこでマツダ3では、後ろに逃げて上がる2段階ではなく、素直に斜めに動くようにした。技術者は「いろいろ考えたら違いました。人間過ちを犯すこともあります(笑)」と正直に打ち明けた。
「シートまで含めて人間を考えると、違った目線になるんです。前世代は、サスペンションはサスペンション、ボディはボディと考えていました。新しい世代はビークルアーキテクチャーといって、クルマ全体で考えています。そう考えると、ちょっと違う」
そうした考えのもと、アクセラのマルチリンクから、マツダ3ではトーションビームアクスル(TBA)に変更した。TBAよりマルチリンクのほうが優れている、と考えるのは都市伝説の類にすぎない。
「もちろん、(マルチリンクのような)独立懸架のいいところはあります」と技術者は認める。「でも、左右から入ってくる入力をぴたっと合わせることはできません。現在の技術力ではどこのメーカーも同じだと思います」
入力がぴたっと合わないということは位相差が生まれるということで、人間を中心に考えればよろしくない。だから、左右方向がトーションビーム(ねじれ棒)で固定されたTBAにした。ただしTBAにも欠点があって、タイヤの入力に負けてトーションビームが変位してしまうことだ。バンプ/リバンプしたときはねじりたいが、横方向の入力があった際は動かしたくない。
「せっかくリヤタイヤがスリップアングルをつけて力を出そうとしているのに、元(のトーションビーム)が動いてしまうとスリップアングルがついてくれません。元はガチッとして、タイヤだけねじれてほしいのです」