eスポーツが注目を集めている。ゲームなのにスポーツ? と思ったがレーシングシミュレーターに乗ったらこれはスポーツだと納得した。
PHOTO◎松尾彰(Akira Matsuo)
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東京オリンピック/パラリンピックもまだ開催されていないというのに、2024年開催のパリオリンピック/パラリンピックの話で恐縮だが、eスポーツが競技種目に入るという噂を聞いた。eスポーツとはモニター上の競技のことで、種目となるゲームは多岐にわたり、格闘、サッカー、レースなど現実世界にあるものから、ファンタジー世界のモンスターを倒すゲームまでコントローラーを使って競うものである。
モータースポーツの世界でも、今やトレーニングとして、この手の超リアルシミュレーターが採用されている。特にリアルでサーキットを思い切り走ると、燃料はもちろん、タイヤもマシンも消耗するから、電気代しかかからないシミュレーターは重宝しているのだ。最近でもポルシェジャパンがプレイステーション4を使ったワンメイクレースを開催する計画「ポルシェEレーシングジャパン」を明らかにしたばかりだ。
前置きが長くなったが、このeスポーツのニュースを見て、以前このレースシミュレーターを体験取材したのを思い出した。取材で訪れたのはT3Rシミュレーターを開発したアイロック社。プロも使う本格シミュレーションソフトと、バケットシートでGを感じるためにオリジナルで開発されたアクチュエーター付きフレーム、それにVR用のヘッドセットで構成される。
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レースシミュレーターで取材したのはマツダが世界規模で実施しているMX-5(日本名ロードスター)のワンメイクレース、グローバルMX-5カップのマシンである。じつは筆者は以前パーティレースに参戦していたこともあり、いつかはこのグローバルMX-5カップに出てみたいという野望を持っていたのだ。シートに座って、ヘッドセットを装着すると一瞬にしてグローバルMX-5カップ仕様車の運転席にワープした。冗談抜きで、そんなふうに錯覚した。
ともあれ、ヘッドセット越しに見る世界は、目の前にはステアリングが、上を見ればロールケージがあって車内の窮屈さまで感じるほどのリアル感。筆者は完全に仮想現実世界に取り込まれてしまった。驚く筆者を尻目に「クルマから降りてみましょうか?」とスタッフに勧められる。え? ドア開くの? いや、そもそも現実世界の自分はシミュレーターに座っているのだから左にドアはないはずだが、思わずそんな気になってしまった。これは筆者に続いて試したMカメラマンも同じ反応で「あかん、あかん! 降りたらぶつかるっ!」とパニック症状を示していた。
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気を取り直して、ふたたびヘッドセットを装着し、いよいよMX-5カップ仕様車を走らせる。運転席から見える景色。乾いた排気音。この視覚と聴覚から得られる情報で筆者は完全にMX-5カップ仕様車でラグナセカにいる気になっていた。ラグナセカは一気に下るコークスクリューコーナーが有名なサーキットである。初めて走るからブレーキングポイントも覚束ないが、そんな風にドライバーを慎重にさせるほどリアルな仮想現実世界だ。数周走ってピットインすると本物の練習と同じようにじっとり汗をかいていた。カップカーが装着するスリックタイヤのグリップ感(低温時は滑る)も表現されており、これで練習すれば本物の練習時間を圧縮できそうだ。
VRシミュレーターの美点は、見ればそこに世界が存在していること。従来型シミュレーターの固定式モニターは前180°をカバーしても上下が見られない。特にラグナセカのようなアップダウンの激しいコースでは上下を見るのが重要だ。さらに首を左右に振れば併走するクルマの気配を察知できるし、レース中団の混乱を走る際の訓練にもなりそうだ。
シミュレーターでよく聞く“酔い”は自分の感覚と違う視覚、聴覚、シートの揺れがそうさせるのだろう。このT3Rシミュレーターはそれら違和感が少ないのがすばらしい。グローバルMX-5カップへの参戦は難しいが、2024年のパリオリンピック/パラリンピックのeスポーツなら間に合うだろうか?