中国・吉利グループ傘下の新興自動車メーカーLink &Co が日本で新型車発表会を開催した。中国メーカーがとしては初の試みである。日本でその新型車を売る計画はないが、世界市場に撃って出るモデルとして日本を発表の場に選んだ。吉利集団がボルボ・カーズを買収した時点で描かれていた世界戦略が動き出したと見るべきだ。いずれ日本車のライバルになる。
TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
私が初めて吉利汽車の製品に触れたのは、中国がWTO(世界貿易機関)に加盟する直前の2001年秋だった。その年の12月に行なわれたオート上海(上海モータショー)の会場で、初めて吉利汽車の李書福会長に会った。
「はるばる日本からありがとうございます。いまここにあるクルマは、あなたにお見せするには恥ずかしいのですが、私はクルマが大好きです。いつか、あなたの国の部品を使って、あなたにも満足してもらえるクルマを作りたい」
通訳を介して李書福氏は私にこう語った。たしかに、展示してあった吉利「豪情」はダイハツ・シャレード(天津汽車・夏利)のボディをなぞって、そこにメルセデス・ベンツふうのフロントグリルを付け足したような外観だった。ドアを開けると樹脂の刺激臭が強く、運転席と助手席はドア側に傾いて取り付けられていた。この2ヵ月前に初めて乗った吉利「美日」は、なんだかワケのわからないクルマだった。
少し驚いたのはその8年後、北京郊外の金港サーキットで乗った吉利「帝豪」だった。06年から寄稿を始めた中国誌「汽車之友」に誘われ、09年の「カー・オブ・ザ・イヤー」選考試乗会に参加した。三菱自動車が中国で生産する4G型1.8ℓエンジンを積んだ5MT車は、油圧パワーステアリングの感触とブレーキの効き方がそれまでの吉利車とは違っていた。
この日は一汽VW製のゴルフをはじめ長安汽車がマツダの技術協力を得て開発した「悦翔」、奇瑞汽車「風雲二代」など10台ほどの中国車に試乗したが、吉利の進歩はとくに印象に残った。後日「帝豪」の後席に座り約500kmのドライブをしたときは、意外に後席の乗り心地が良いことに驚いた。調べてみればシートは日本のタチエスと吉利の合弁会社が製造したものだった。
吉利グループの18年販売目標は153万台である。グループにはボルボ・カーズ、ロータスカーズ、ロンドンタクシーといった買収会社が含まれるが、いまや立派に年間150万台のグループであり、次の目標は200万台である。日本では一般的知名度がほぼゼロの吉利汽車だが、中国の民営自動車メーカーでは最大規模である。李書福氏は自動車だけにとどまらず、中国国営航天集団との間で高速鉄道の開発計画をスタートさせようとしている。
吉利ホールディングスがダイムラーの株式のうち約9.7%を握って筆頭株主になった件や、商用車大手のABボルボ株の約8.2%を握ったことなどは本稿でも取り上げた。そして、これは状況証拠から判断した私見に過ぎないが、国営自動車メーカーには不可能なスピーディかつリスクもともなったM&A(企業の提携・買収)を吉利グループが行なうことを、周近平国家主席が支援していると推測されることも述べた。
現時点で中国企業はボルボ・カーズとジャガー/ランドローバーを所有し、ダイムラー乗用車部門の経営に関与できるポジションに就き、商用車では首位ダイムラーを牽制する地位を得ている。中大型商用車の分野では、世界トップ10のうち半数が中国企業である。そして吉利だけでなく国営の広州汽車や民営の長城汽車など複数がFCA(フィアット・クライスラー)に買収を打診している、とも伝えられている。
消費の世界でも、いまや中国は世界のリーダー的存在である。公称13億(実際は不明)の人民による購買意欲は、日本での「爆買い」で露呈されたように、ものすごい。今年の自動車市場は1~9月累計で前年比0.87%増と失速が見られるものの、絶対数では2049万台と圧倒的に世界トップだ。年間で前年実績2888万台に届かなかったとしても、全世界での日本車生産台数よりもやや多い数を中国一国が消費している状況を自動車産業界は無視できない。