欧州と中国、インドで相次いで内燃機関を使った自動車の撤廃を求める政治的な動きが出始めました。排ガスの問題、石油資源の供給不安定、CO2削減等々、その理由は地域によって異なりますが、自動車の原動機が化石燃料を燃やすエンジンから、電動モーターへ移行しつつあることは事実です。しかし、一足飛びにEVが主役になるには解決しなければならない問題が散在します。その中でも大きな課題として、電力供給のインフラ整備と、バッテリーの能力不足=航続距離不足があります。両者ともそう簡単にクリアできるものではありません。そのため、完全なEV化の過程としてハイブリッドカー(HEV)の重要性が改めてクローズアップされています。ところがHEVは、内燃機関を使う以上CO2や排ガスを排出することには変わりないとして、強硬なEV化論者には中途半端なものと捉えられている傾向があるようです。特に日本は世界一のHEV大国ですので、そういった向きからは「日本は電動化に乗り遅れている」という声が挙がっているのです。果たして本当にHEVは中途半端で過渡的なものなのでしょうか?それを判断するには、HEVとは一体どういう機構と効能を持つものなのか、整理してみる必要があると感じます。
TEXT:三浦祥兒(MIURA Shoji)
内燃機関と電動モーターは、どちらも19世紀後半に実用化され、二大動力として異なる発展の経緯を辿ってきました。何が異なるのかといえば、エネルギー源の扱い方が異なるのです。内燃機関はほとんどの場合石油ベースの液体燃料を使います。ガソリンにしろ軽油にしろ、精製した後は貯蔵が可能でどこにでも運べます。車体の一部に燃料タンクを設ければ、今どきのクルマであれば数百㎞を走ることができ、ガソリンスタンドで僅かの時間を使って給油すればさらに遠くまで行くことができます。自動車が20世紀に陸上輸送機関の主役になったのは、まさにエネルギー源のハンドリングが容易だったからといえるでしょう。
電動モーターのエネルギー源である電気は、石油燃料とは真逆に貯蔵と伝搬がネックです。発電所で作られる電気は数十万Wという高電圧であり、そのままモーターや電気製品には使えません。各家庭や事業所に至るまでに長い送電線を引き、何度も降圧を繰り返しながら送る必要があります。また、電気は基本的に作ったらそのまま使うのが原則です。ですから電線がなければ使えませんし、道路やガソリンスタンドのように供給網を張り巡らすには相当のコストと危険対策が要ります。そのためにバッテリーが存在するのですが、御存知のようにバッテリーは貯蔵容量が石油燃料とは桁違いに低く、高コストであり、またリサイクルの問題が存在します。EVの航続距離が日に日に伸びていることを捉えて、バッテリーの能力は十分だという見方もあるかも知れませんが、船舶や飛行機に電動モーターが使われていないことを見ても、エネルギーの貯蔵装置としてバッテリーはまだまだ役不足です。
世界初のHEVと言われるローナー・ポルシェは、当初バッテリーだけで動くピュアEVでした。ところがそれではほとんど実用にならないことがわかって、急遽発電用エンジンを搭載したのです。つまりシリーズハイブリッドにしたわけですね。20世紀初頭に電動モーターの使い途として注目されたのは、自動車ではなく潜水艦でした。バッテリーとモーターを使って海中深く航行すれば敵に発見されずに済むからです。しかしここでもネックはやはりバッテリー。充電のためにはディーゼルエンジンを使いますから、空気を供給するために水上に浮上しなければならず、そこを空から敵に捕捉されればひとたまりもありません。潜水艦の性能はひとえにバッテリーの性能とイコールだったのです。いまのEVと何ら変わりませんね。
モーターの用途としてもうひとつ注目されたのは鉄道です。初期の鉄道は押し並べて蒸気機関を使っていました。産出地域が限られ精製が必要な石油と違って燃料の入手が容易だったこと、それと数百トンにもなる車両を動かす内燃機関(特にディーゼルエンジン)が未発達だったからです。ところが蒸気機関は熱したそばから冷えてしまう水蒸気を使うために熱効率が悪く、おまけに煙を盛大に吐き出します。排ガス規制などない時代だったとはいえ、都市部やトンネルでは困りものですし、火災の危険性もありました。そこでまさに「クリーンな」動力として電車が登場するのです。初期の電気鉄道は電力会社や電機メーカーが資本を出して整備されていましたから、区域を限定すれば電力供給に関してそれほど問題がありませんでした。蒸気機関(外燃機関)はもちろん、内燃機関と比べても圧倒的に高出力でスムーズな電車は、鉄道の高速化に大きく貢献します。
とはいえ、乗降需要が少ない田舎や山岳地帯では電力供給のための架線の敷設はハードルが高く、蒸気機関車はしばらくの間使われ続けます。特に日本では実用になる大型のディーゼル機関の発達が遅れ、にもかかわらず道路が未整備のままでしたので、大量輸送を担う鉄道としては蒸気機関に頼る他なかったのです。第二次大戦が終わって高度成長期に入っても、鉄道用ディーゼルエンジンは戦前設計のままで、マンやズルツァー(スルザー)といった輸入品に頼る有様でした。
エンジンよりも問題だったのは変速機です。驚くなかれ、初期のディーゼルカーはMTで、運転士がクラッチとシフトレバーを操作して変速していたのです。一両ならこれでも問題はありません。しかし二両以上の編成を組むと、機械的な連結が不可能になってしまうことは明らかです。電気的にクラッチやトルコンを制御する技術はまだまだ難しく、苦肉の策として登場したのが「電気式ディーゼル」、すなわちシリーズハイブリッドでした。
その間、内燃機関は急速に発展し、自動車用の動力として確固たる地位を占めるようになりました。モーターは電動カートやフォークリフトといった限定した用途でのみ使われ、公道を走るクルマとしてのEVはほとんど省みられなくなります。その風向きが変わったのは石油ショックでした。自動車のエネルギー源が産油国に首根っこを抑えられていることを知った自動車メーカーは、1970年代以降電動車両の開発に取り組みはじめます。
未だバッテリーの能力は貧弱のままでしたが、電気には内燃機関にはない優れた特質があることに着目されるようになります。それはエネルギー回生です。減速時に電気をバッテリーに戻してやれば、バッテリーの能力を拡げることができる――。鉄道では既に実用化されていた技術ですが、大電流を制御するパワーエレクトロニクスと、高効率で小型の交流同期モーターの登場によって、EV化の機は熟してきました。ただしバッテリー能力の限界から来る航続距離の問題は相変わらずでしたので、自動車メーカーは既存のエンジン車にモーターを付加するHEVが当面の最適解として、エンジンとモーターを直列配置にして動力混合を行うパラレルHEVに舵を切り始めました。
シリーズHEVが主役にならなかったのは、既存の車体と動力の構成をほぼそのまま使えるパラレル式の利点が、生産に有利と思われたからでしょう。また、モーターを従としてエンジンを主役とすれば、モーターもバッテリーも小さくて済みますし、運転感覚も違和感が少ないからかもしれません。
ハイブリッド各種の特質を考える──シリーズ式
ここでHEVの形式について整理してみましょう。
既述したように、ハイブリッドシステムの原初的形態はシリーズ式です。エンジンは発電専用とし、駆動力はモーターだけが担う方法です。理屈からいえばバッテリーは不要です。走行時は常にエンジンを運転すればOKですが、これでは回生ができないのでバッテリーを積みます。しかし、バッテリーへの電気の入出力は少なからずロスが出るので、バッテリーの充電状況(State Of Charge=SOC)に余裕があれば、発電した電気はそのままモーターに回します。
シリーズ式はモーターが駆動力を全面的に負担している以上、モーター出力を大きくしなければなりません。そうしないと高速走行ができないからです。しかしモーター出力はモーターの大きさ(≒直径)に比例しますから、車体搭載性という問題が表出します。ノートe-POWERやシボレーVOLTのように、高速性能はあきらめて街中利用に割り切るか、アコードやアウトランダーのように、高速時にはエンジン出力を加勢させるか選択の必要があります。当然後者ではエンジン出力のための機構が必要になりますが、変速機は直結の減速ギヤ以外使わなくて済みます。シリーズ式の利点のひとつは、エンジンを発電の効率に合わせ込むため負荷変動が少なく、エンジンの実質的な効率が稼げることです。
アウディやマツダではロータリーエンジンをシリーズHEVに使う試みをしています。ロータリーは燃焼室が常に移動するために冷却損失が大きく、お世辞にも熱効率がよいエンジンではありませんが、発電用に特化することで軽量コンパクト、部品点数が少ないという特質が却って活きてくるのでしょう。マツダの次期RE車はシリーズHEVだと噂されていますが、もし実現すればCO2規制と排ガスの問題もシリーズHEVならクリアできるという証左になると思われます。
ハイブリッド各種の特質を考える──パラレル式とTHS
現存するHEVの多くはパラレル式を採用しています。エンジンと変速機はそのままに、途中にモーターを組み入れる構造です。モーターを変速機の前へ置くか、後ろに置くかは一長一短です。ステップATであればエンジンと変速機の間にトルコンがあるのが通例ですので、トルコンの代わりにモーターを置くことでベース車両からの設計変更が少なくて済みます。スバルのようにモーターとトルコンを併置することもありますが、これはモーターとバッテリーを小さくして、不足するトルクとレスポンスをトルコンに負担させようとする折衷案ともいえます。変速機の後ろに置く場合の利点は、モーターが減速されて回るので高速性能と回生能力が上がることです。変速機とはトルク増幅装置ですので駆動方向だけでなく、駆動力が逆にかかっても高トルクとなり減速力が高くなる=回生能力があがるという理屈です。回生力は車軸に近いほど有利なので、その点からいえばホイールインモーターが理想ですが、これはシリーズ式でないと実現が難しいでしょう。
パラレル式ではクラッチの装備が不可欠です。モーターが完全に駆動機構と直結だと常にモーターがエンジンと連れ回って抵抗となる場合がありますし、スロットルをオフにした時のコースティング(無動力走行)や、モーターのみの走行ができません。初期のパラレルHEVはクラッチをひとつ置く方式でした。これによってコースティングが可能となると同時に、SOCが低くなった時にエンジンを発電のためだけに使えます。さらに効率を追い求めるとモーターの前後にクラッチを置く2クラッチ式が必然となります。こうすることでエンジンを切ってモーターのみの走行と回生が可能になるからで、現在のパラレルHEVはほとんど2クラッチ式となっています。
パラレル式最大の特徴は「変速機がある」ということでしょう。シリーズ式では原則として変速機は使いません。エンジンが駆動力に加担しないのでトルク増幅の必要がないからです。逆にいえば、パラレル式はエンジンが主役のHEVということもできます。
HEV否定論者が揶揄するのはおそらくパラレル式を指していると思われます。エンジンが主役ですから、エンジンそのものの効率(変速機込みで)がシステムの効率を左右することは事実です。その観点からすれば、48Vマイルドハイブリッドはまさにパラレル式の典型です。供給電圧が低いのでモーターの出力を高くすることはできない。しかし発進加速という高負荷でエンジンの効率が極端に落ちる部分だけモーターでアシストする、という割り切った考え方がベースにあるからです。日本では立ち上がりが鈍い48VHEVですが、高電圧を使う「ストロングハイブリッド」を持たないメーカーにとっては、既存の生産技術を流用しながら電動化を進められる利点があります。もしかすると近い将来、「パラレルHEVといえば48V」という事態になっているかもしれません。
シリーズ式でもパラレル式でもない、唯一無二ともいえるハイブリッド形式が、トヨタのTHSです。最大の特徴は発電用と駆動用のふたつのモーターを持ち(パラレル式でも存在しますが)、遊星歯車によってエンジンを発電に使うか駆動に使うかをシームレスに使い分けるところにあります。現在のものでは発電用モーターも出力が必要な時には駆動に加担するようになり、システムとして洗練度が上がりました。
実はTHSには横置き用と縦置き用の二種があって、縦置き用には変速機があります。縦置きFRといえばEセグメント以上の車種と相場が決まっている昨今、変速機なしとなれば勢いモーターを大型化しなければならず、バッテリーも大容量のものが必要です。二重の動力機構を持つHEVはどうしても重量が嵩んでしまうので、軽量化のためにはなるべくモーターは小型化したい――というのがトヨタの思想なのでしょう。当然コストを下げたいという理由も大きいはずです。初期の縦置きTHSは通常の多段ステップATを搭載していましたが、現在ではマルチステージTHSとして4段の変速機を使うようになっています。モーター制御とバッテリーの性能が進化して、エンジンの依存度が下がってきた故です。多段変速機はギヤユニットが増えるほど抵抗も重量も増えますから、エンジンの使用トルクと回転数を制限すればギヤ段数は減らした方が有利なのは明らかです。
モーターとエンジンの使い方の巧みさと、それが実現する自然なドライブフィール+高効率は、ハイブリッドシステムの現段階の頂点といっても過言ではありませんが、THSにも課題はあります。ひとつはかなりの高コストだということ。一説によれば「プリウスは売れても売れても儲からない」と言われるほどです。またこれはトヨタの企業姿勢の問題ではありますが、システム全体がパテントの塊で他社による普及が見込めないこと。HEVが世界的に拡大しないことや、48Vシステム登場した背景には、優れたハイブリッドであるTHSがトヨタの独占供給(マツダへのOEM供給はあるにせよ)だということがあるようにも思えます。
大別して三つのハイブリッドシステムの技術的特徴を述べてきましたが、現状でのハイブリッドの問題は純技術的なことではありません。果たしてこれがクリーンカーなのか否か、という極めて政治的なジャッジこそが、HEVを曖昧なものにしているのです。内燃機関自動車(ICE)よりはましだが、EVには劣る、という論調です。
以前にも述べましたが、ピュアEVがクリーンかといえば、発電に化石燃料を使っている以上、下手をすればICEよりCO2を排出してしまいます。また、航続距離の問題があります。EVにしろHEVにしろ、バッテリーの性能と回生能力と機会によって航続距離は変わってしまいます。「ガソリン満タンにしたから大阪まで行けるだろう」という感覚は、EVには通用しません。
事態をややこしくしているのは、EV性能を高めたプラグインハイブリッド(PHEV)とか、レンジエクステンダーEVという前述のHEV種別とは異なる概念の車種が続々登場しているからです。そうした事情を解説するには、日米欧の政治行政にまで踏み込まなくてはなりませんので、項を改めることにします。