マツダでミラーサイクル・エンジン開発を主導したエンジン博士の畑村耕一博士(エンジンコンサルタント、畑村エンジン開発事務所主宰)が、2018年のスタートにあたり、「2017年パワートレーンの重大ニュース」を寄稿してくださった。パワートレーンの現在と未来について、プロの見方を聞いてみよう。最終回は、『2050年を見据えた2030年までのパワートレーンの進むべき道』だ。
再生可能エネルギー発電で先行しているドイツでは、すでに余剰電力を捨てること(捨電)が実際に行なわれており、電力価格がマイナスになる事態も生じている。そこで、価格が安い余剰電力を使って水を電解して水素を製造・貯蔵・利用する開発が欧州を中心に行なわれ、ドイツでは約20箇所の実証プラントが稼働している。製造した水素は天然ガスのパイプラインに導入して利用されている。将来的には水素発電で電力に戻したりFCV(燃料電池車)に使うことができるが、回収したCO2と反応させて天然ガスの主成分であるメタンに変換して利用するプラントもある。
アウディではそれをe-gasと呼んでCNG車に供給して、カーボンニュートラル走行を実現したとしている。このように、すでに確立された技術を使って天然ガスを使うCNG車は、現在でも確実にCO2削減ができるだけでなく、将来的にはカーボンニュートラル走行につながるパワートレーンである。排ガスも、気体燃料なのでPM(粒子状物質)が発生せず、ガソリンエンジン車よりクリーンである。
また、余剰電力で作る水素を利用すればFCVはカーボンニュートラル走行が実現できる。天然ガス改質の水素でも効果的にCO2排出量の低減が可能なので、当面は天然ガス改質水素を使って普及を図っていけば、将来的には各種技術課題を克服して、FCVがCO2削減の主要技術となる可能性がある。
EVについては、短距離走行のコミューターに限定するか、火力発電に頼らない一部の国での普及にとどめ、その他の国ではそれぞれの電力計画と合わせて普及量を抑制すべきである。太陽光発電が増加する日本では、昼間に駐車しているEVを充電するインフラを整備するとともに、昼間の余剰電力で充電可能な台数にEVの普及台数を制限することでCO2ニュートラル走行を実現できる。現実的には消費電力の1/3程度を昼間の余剰電力で充電すれば、平均するとHEV相当のCO2排出量になる。素晴らしく快適な走りを提供できるEVは、補助金なしでも高級車を中心に限定的ながら確実に普及するはずだ。
筆者の知見を総合して技術的に合理的と思われる判断をすれば、
一部の国を除いて、少なくとも2030年まではEVの普及を抑制すると同時に石炭火力発電を削減し、HEVを含むエンジン搭載車の燃費向上と天然ガス自動車(NGV)の普及促進を図ることが確実にCO2排出量を低減する道である。
長期的にはFCVもCO2削減の有力な候補である。この考えは図のトヨタの次世代エコカーの構想とも一致する。筆者はこれにNGVを加えることを提案したい。
ここまでは現在の技術レベルを基準に論じてきたが、それぞれの技術の効率向上の進歩が大きく変わらないとすれば、当面は結論に変わりはない。ただし2030年以降は予期しない技術革新が起こる可能性もあるので、いろいろな研究開発を進めながら見極めていく必要がある。筆者としては、バイオマスの利用と余剰電力の水素変換による、カーボンニュートラル燃料(水素、メタン、液体)を製造する技術に期待している。
まちがったEVのCO2排出量の計算方法を使って、世界中でEVは地球にやさしいと勘違いしてるのが現状だ。静かだし、走りも素晴らしいEVは黙っていても売れるが、CO2削減には貢献しない。そのようなクルマに補助金を出すのはおかしい。それより、CO2の削減効果はあるがクルマとしての魅力に欠けるNGVの普及や、カーボンニュートラルな液体燃料の開発であるとか、実際に効果のあることに補助金を出すのが本来のやり方だと思う。
EVは環境にやさしいと信じて疑わない間違った思い込みを変える必要がある。
筆者はこのことをいろいろなところで講演・執筆活動を通して伝えているが、多くの有識者は理解していても、何かに遠慮して声を出さない(いまさら言い出せない?)というのが現状のようだ。EVフィーバーが現実になって困るのは日本の自動車メーカー(日産を除く)であるが、EVのCO2排出量の問題を公に取り上げているのはマツダだけだ。日本の自動車メーカ一丸となってEVの不都合な真実を一般の人々に伝える必要がある。欧州や中国の経済戦略に乗せられて日本の自動車産業が空洞化することは避けたいものだ。