もし貴方が、戦火を逃れ疎開していたオーストリアのグミュントで1948年から始まったポルシェの歴史、そして1963年の発表から現在に至るまでスポーツカーリーグの最前線を走り続けている911の足跡をたどりたいと思うなら、一も二もなくドイツ・シュトゥットガルト郊外のツッフェンハウゼンにある「ポルシェ・ミュージアム」を訪れることをオススメする。
REPORT◎藤原よしお(Yoshio Fujiwara) PHOTO◎ポルシェジャパン/藤原よしお
ポルシェが現在のミュージアムをオープンさせたのは2009年のこと。展示スペースのほかに、レストア工房、レストラン、ミュージアムショップ、アーカイブなどを収容するこの巨大な施設には、定期的に入れ替わるとはいえ常時80台以上もの貴重なモデルが展示されており、いつでもポルシェとポルシェ一族の1世紀以上にわたる歴史を振り返ることができる。
その中でも最も充実しているのが、長年にわたり基幹車種としてポルシェを支えてきた356と911に関する展示だ。
356のルーツとなった1939年のTyp64(ボディのみのレプリカ)、そして1948年6月に“最初のポルシェ”として世に出たミドシップ2シーター・オープンの356.001などマストというべき見所は山ほどあるが、もうひとつ見逃すことができないのが、真っ黒に塗られた1950年型の356“フェルディナント”だ。
この極初期のグミュント製356は、同年9月にフェルディナント・ポルシェ博士の誕生日プレゼントとして製作されたもので、内装のトリムやラジオはこのクルマにのみ採用された特注品。博士はこの356をたいそう気に入り愛用したが、11月に脳梗塞を起こし翌年1月に死去。残された356はテストカーに供され、356の開発、進化に大きな貢献をすることとなった。
その証拠に展示車を覗くと、運転席側のシートがへたり、一部が破れているなど、このクルマが現場で使い込まれた痕跡が伺える。そういうところを補修せずにそのまま展示しているところに、歴史を大事にするポルシェの姿勢と良心が滲み出ている。
さらに初めてクーペボディを架装した1948年型の356/2、初のコンペティション仕様である356SL、スピードスターの原型となったアメリカ・ロードスターなど、今のポルシェ各モデルの源流というべきモデルの姿を至近距離(無粋な柵などないのも、ここの良いところだ)で見られるのも貴重な機会といえる。
そんな同博物館でしか見られないモデルの代表格いえば、911のプロトタイプとして1959年に作られたTyp 754 T7が挙げられる。2+2GTを意識して今は亡きフェルディナント・アレクサンダー・ポルシェ博士がデザインしたノッチバック・スタイルをもつTyp754は当時4台が製作されたと言われているが、現存するのはこれ1台のみ。近くに飾られている1965年型の911や356たちと比較しながら、どうやって911のエヴァーグリーンなスタイルが生まれたのか、想像を巡らせてみるのも悪くない。
このほか、コレクターズアイテムと化している1973年型の911カレラRS2.7ライトウェイトや、フェリー・ポルシェの姉であるルイーザ・ピエヒの誕生日に贈られた1974年型の911ターボ1号車、1987年のフランクフルト・ショーで展示された911スピードスター・クラブスポーツといったレアな911から、930、993、996、997などの歴代モデル、さらに911RSR 3.0、935/78モビーディック、959“パリ=ダカール”、911GT1/98、911GT3Rハイブリッドといったコンペティション・モデルまで、911の歴史を語る上で欠かせないエポックメイキングなモデルが勢ぞろいしているのだ。
ここで1台ずつを仔細に観察し、それぞれの写真を収めよう(せっかく来たならそうすべきだ!)と思うなら、片手間に立ち寄ろうなどとは考えず、開館から閉館までまる1日潰すくらいの覚悟で来場することをお勧めする。世界一豊富なオフィシャルグッズを揃えるミュージアムショップを含め、あなたの期待を裏切るようなことは、きっとないはずだ。
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