静岡県浜松市から長野県上田市を結ぶ国道152号線。
その全長は約260kmにもおよび、途中で 2ヵ所、
国道が分断されていて迂回を強いられる。
そんな、日本屈指の「ザ・酷道」を、プジョー308で完全走破する。
TEXT:小泉建治(KOIZUMI Kenji) PHOTO:平野 陽(HIRANO Akio)
とんでもない酷道の予感
ある日、ふと思ったのである。「国道152号線、これはとんでもない道かもしれない」。数年前のことである。地図をぼ~っと眺めていて、南アルプスの西側を、険しい山脈に沿って静岡県の浜松から長野県の茅野に向かって延々と北に延びている国道が目に留まったのだ。
浜松から茅野!? 関東に住む者にとって、浜松と茅野は感覚としてまったく結びつかない。浜松は東名か新東名、茅野は中央道で行く場所だ。もはや別世界。東急東横線と西武新宿線くらい違う。こんなに長い距離で、しかも南アルプス沿い……酷道の予感である。
とまぁ、それから1、2年ほど、国道152号線は浜松と茅野を結ぶ魅惑の酷道、と認識していたのだが、よくよく見ると終点、もしくは起点は茅野ではなく、さらに北へ60kmほど先にある上田ではないか。
なんで見落としていたのか理解不能だが、思うに茅野より北は白樺湖など風光明媚な観光エリアを通るため、勝手に“酷道”152号線のイメージから除外していたのかもしれない。実際、高遠より北は特に国道152号線と意識することなく何度も走ったことがある。
いずれにせよ、浜松から上田となれば、もはや東横線と新宿線どころじゃない。東武伊勢崎線くらい違うじゃないか! あ、もちろん距離だけがポイントだったわけではありませんよ。最も惹きつけられたのは、なにやら途中で2ヵ所ほど、国道が分断されている場所があること。とくに南側のひとつ、青崩峠には名前からして物々しさが漂う。
ツーリングマップル(昭文社刊)には「日本のトンネル技術が敗退」などと記されている。幸い迂回できる林道もあるのだが、そちらの峠はヒョー越といい、これまた妙な迫力を醸し出している。かつて無敵を誇ったロシアの格闘家、ヒョードルみたいだ。ヒョードルに勝つことをヒョー越と言ったりして。それじゃあヒョー越は無理かもね。いや、ヴェウドゥムもビッグフットもダンヘンもヒョードルに勝てたんだから、自分も頑張ろうじゃないか。
そんなこんなで、機は熟した。
青崩峠とヒョー越
東名高速を浜松ICで降り、北島交差点から国道152号線の旅を始める。新東名高速の浜松浜北IC、天竜二俣駅を過ぎ、秋葉街道と呼ばれる区間に入る。
予想に反し、対向2車線の快走路が続く。交通の流れもまずまずだ。ずっとこんな感じなら楽勝かも。だが「飯田99km」の道路案内板を見て、途方に暮れる。飯田なんて、全行程の中間地点にもならない。
「いま30~40km/hで走っているから、そのままのペースで走ったとして3時間。でも撮影を挟むし、そうすると……」とかなんとか、無意味だとわかっていながら不毛な計算をしてしまう。
浜松から1時間半ほど北上を続けると、水窪(みさくぼ)という町が現れる。聞き慣れない地名だし、事前に地図で確認したときには限界集落のような寂しげな町並みを想像したが、なんだか妙に活気がある。
人口が多いはずもないし、とくに目立った産業があるわけでもなさそうだ。青崩峠の手前であり、東西方向に走る幹線道路と交差しているわけでもない。最果ての地と言っても差し支えあるまい。
結局、なんで活気があったのか理由ははっきりしなかったが、行ってみなければわからないことは多いということだけは確かだ。
水窪を過ぎて8kmほど進むと、いよいよ最初にして最大の難関、青崩峠とヒョー越への分岐点に辿り着く。どこまで行けるか知らないが、とりあえず青崩峠を目指す。
「林道青崩線」に向けて分岐を右へ逸れれば、いきなりグググ~ッと道幅が狭くなり、期待通りの酷道険道のお出ましだ。
うっそうとした森の中を牛歩戦術で前進すると、ほどなくして左手に鳥居が現れる。いかにも樹齢何百年といった立派な木々に囲まれ、これぞ日本の原風景と言うべき、神々しさに溢れている。
本ページ最上段のメイン写真が、まさにその場面である。神社が道に面しているというより、道そのものが神社の一部で、そのなかをクルマで走らせてもらっている感覚だ。なんだか自然と背筋も伸びてくる。神社の名は足神神社といい、かつて峠越えで足を痛めた北条時頼がこの地で治療し、その感謝の意を込めて祠を建立したのが始まりだという。
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足神神社を過ぎると道はいよいよ急峻さを増す。滑り止めのための深い溝が刻まれ、ほとんど階段を上っているかのようだ。
そしてついに未舗装路となる。車両通行止め地点ももうすぐのはずだが、道幅がどんどん狭くなってほとんど登山道のようになり、進退窮まる寸前になってしまった。クルマを置き、歩いて峠まで進んでみる価値もあるだろうが、なにしろ先は長い。クルマやタイヤにダメージがあってもいけない。そろそろ潮時と判断し、Uターンすることにした。
青函トンネルを、東京湾アクアラインを、そしてアジアとヨーロッパをつなぐトンネル───イスタンブールのマルマライ・トンネルをも開通させた日本の技術をもってしても太刀打ちできなかった青崩峠……。ここまで肉迫できただけで大満足である。
先ほどの分岐点まで戻り、今度はヒョー越に向かう。こちらは青崩峠に比べると快適そのもの。草木トンネルを過ぎてしばらくするとセンターラインが消えて幅が少々狭まるが、すれ違いは容易だし、路面状態もいい。
ヒョードル越え、もといヒョー越はあっけなかった。峠に眺望はほとんどなく、駐車場のようなスペースとトイレがあるのみ。
磐田ナンバーのヤマハ・トリシティに乗ったオジサンがおにぎりを食べていたので、「ここ、ヒョー越ですよね。景色のいい所はありますか?」と聞いてみると、「ヒョー越? よくわからんなぁ」との答え。
いかにも地元民という風体だったので肩透かしである。諦めきれずしばらく歩き回ってみたが、薄暗い林が続くばかり。ただ、気を取り直して走り始めると、ヒョー越を過ぎた長野県側はしばらく眺望のいい区間が続いた。
余談ながらヒョー越ではもう一台、浜松ナンバーのスズキ・イグニスが休憩していた。ヤマハに乗る磐田市民と、スズキに乗る浜松市民……すばらしい郷土愛ではないか。
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秘境がオアシスに見える?
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峠を下り切り、国道152号線に復帰する。このあたりは遠山郷と呼ばれ、しらびそ高原や下栗の里など観光名所も多く、日本の秘境100選に数えられている。
ただ、林道青崩線を経験してきたばかりの身には、秘境どころかオアシスにしか見えない。道幅は広く整備され、道の駅まである。もはや酷道ではない。
ひさびさに視界が開けたので、アクセルを深く踏んづけてみる。今回の伴侶であるプジョー308SWアリュールブルーHDiは、1.6Lの、つまり小さい方のディーゼルを積むモデルだ。
ディーゼルらしく低回転から十分以上のトルクを発生し、クネクネ道でのドライバビリティに優れるのは織り込み済みで、それを期待していたからこそのチョイスでもあったのだが、それ以上に印象に残ったのが回したときのスムーズさである。
もちろんガソリン自然吸気のように天井知らずに回るはずもないが、身体に伝わる鼓動と耳に響くサウンドのキメが細かく、トゥルルルーッと伸びやかに吹け上がる。
ディーゼルはガラガラ騒々しいだけ、なんて思い込んでいる人は今ドキさすがに減ったかもしれないが、それでも最新ディーゼルがここまでみずみずしく回るとはなかなか想像できないだろう。サウンドも澄んでいるから、こうした過酷なドライブにおける精神的な疲労の抑制にも効いているはずだ。交通量の少ない平日の遠山郷を、我らが308HDiが疾風の如く駆けぬける。
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だが、そんな快走路も長くは続かない。飯田市へ向かう国道474号線との分岐点を過ぎると、「152号通行不能」などという物騒な道路案内版が現れる。国道分断箇所その2である。
先ほどの青崩峠と違い、こちらは地蔵峠のだいぶ手前で通行止めとなる上、迂回路を進めば地蔵峠を通るため、通行止めの手前まで攻めてみるのはやめにした。
迂回路となる林道はしらびそ高原への観光客も途中まで通るため、週末になれば交通量もそこそこあるはずだが、道幅は狭く、途中でわずかながら未舗装区間もあるなど、けっこうな酷道っぷりだった。
しかしここまで来ると感覚もマヒしてきたのか、実際のところそれほど酷道だとは感じなかった。原稿を書く段になって写真や取材メモを見返し、改めて「実はわりと酷道だったんだな」と気づいたというわけだ。
とにかく林道青崩線の印象が強すぎたのだろう。青崩線を経験したおかげでちょっとやそっとじゃビビらなくなってきた、とも言える。
日本のチロルとも呼ばれる下栗の里や、絶景で知られるしらびそ高原に立ち寄らないのはなんとも口惜しいが、今回の主たる目的はあくまで国道152号線の完全走破である。心を鬼にして先を急いだ。
苦行の先に安楽が待つ───まるで人生である
地蔵峠を越え、ラリーのスペシャルステージのようにタイトでツイスティな山岳路を楽しんだかと思えば、しばらくは再び広々とした快走路で淡々と距離を刻むことになる。そして分杭峠の手前でまたもやスペシャルステージを迎え、峠を越えるとまたまた穏やかな快走路が広がる。
国道152号線は、言ってみれば快走路と酷道の繰り返しである。安楽の先に苦行が待ち構え、それを乗り越えるとまた先に安楽がある。永遠に終着点に辿り着かないんじゃないかという絶望感にも似た錯覚に陥りつつも、このメリハリのおかげでなんとか正気を保っていられるのかもしれない。
分杭峠を過ぎ、左手に美和湖が見えてくれば、おめでとう、いわゆる酷道はここまでである。まだまだ先は長いけれど、高遠を境に秋葉街道から杖突街道と名を変え、ここからは風光明媚な観光道路になるのだ。杖突峠もツイスティなワインディングロードだが、しっかり中央線の引かれた2車線道路であり、もはや牛歩戦術は必要ない。
そして中央道をくぐれば、今度は大門街道を名乗り、ビーナスラインと交錯しながら白樺湖周辺のリゾート地を駆け巡る。平日とはいえ交通量も多く、明らかに観光客とわかる県外ナンバーのクルマが目立つ。
とはいえ、自分たちもそのうちの一台にしか見えないのだろう。俺たちはあんたたちとは違うんだ、などと、いったい誰に主張しているのかよくわからない意味不明な心境になる。
上田市に入り、国道18号線にぶつかる大屋交差点で国道152号線の旅は終わる。総走行距離は288kmにおよび、撮影や休憩も含めて要した時間は12時間に達した。
撮影がなく、最小限の休憩で走りに徹したとしても9時間は見ておいたほうがいいし、週末であればそれでも12時間くらいかかるかもしれない。自宅から浜松や上田までの距離にもよるが、例えば関東在住であれば、日帰りは避けた方が無難である。まぁ、こんな馬鹿げた酷道険道ドライブをやってみようという奇特な方がいらっしゃたら、の話だが。
ただ、日本屈指の酷道を完全走破したいま、その達成感は筆舌に尽くしがたい、とだけは言っておこう。
![](https://motor-fan.jp/images/articles/10002137/big_172111_201712271714310000001.jpg)
【プジョー308SWアリュール ブルーHDi】
▶全長×全幅×全高:4585×1805×1475mm
▶ホイールベース:2730mm
▶車両重量:1400kg エンジン形式:直列4気筒SOHCディーゼルターボチャージャー
▶総排気量:1560cc ▶ボア×ストローク:75.0×88.3mm
▶圧縮比: 17.0 ▶最高出力:88kW(120ps)/3500rpm
▶最大トルク:300Nm/1750rpm ▶トランスミッション:6速AT
▶サス ペンション形式:ⒻマクファーソンストラットⓇトーションビーム
▶ブレーキ:ⒻベンチレーテッドディスクⓇディスク
▶タイヤサイズ:205/55R16 ▶車両価格:323万8000円