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【牧野茂雄の自動車業界鳥瞰図】 「災い」を「福」に転じる知恵を


神戸製鋼が長年にわたって製品データの改ざんを行なっていた。日産とスバルは完成車検査を無資格者にやらせていた。製品の行方がつかめないという点で神戸製鋼の品質データ問題は、日本の地位失墜を招きかねない。無資格検査も制度の根幹を揺るがす事件である。日本は将来も「ものづくり」で生きてゆけるだろうか?


TEXT◎牧野茂雄

日本製鋼材は世界的にも信頼度が高い。しかし、金属素材を研究する方々はずいぶん前から堕落を指摘していた。本誌に歯車技術を連載されているクボギヤテクノロジーズ代表の久保愛三博士(元京都大学教授)もそのおひとりである。私は10年ほど前に久保博士からこう告げられてショックを受けた。




「牧野はん、日本の金属もかなり怪しうなってきよった。韓国や中国のことをもう笑っておられん。以前はJIS規格の真ん中をねらって作っておったが、いまじゃ下限ギリギリなんていう製品も多いんよ」




久保博士の現在のおもな仕事場である応用科学研究所では、さまざまな分野の企業から依頼された歯車の検証を行なっている。表面状態の検査、高度検査、形状精度測定、内部X線計測、冶金……金属の組成から設計・製造、さらに使用過程までのすべての段階での製品検査と、目的に応じた歯車の設計を同じ場所で行なえる施設は、おそらく日本では応用科学研究所だけだろう。世界各国の機械系技術者諸氏と話をしても「そういう組織はいままで聞いたことも見たこともない」とおっしゃる。




金属組成の不均一や微細な異物の混入、もともとの設計の配慮不足によって想定外の破損事故を起こした歯車の例を、私は久保博士からいつくも見せていただいた。




「これ、見てみなはれ」




久保博士が実体顕微鏡にサンプルを置き、私に見せてくださった。見た目にはキズなどないような金属片だったが、拡大すると不思議なものが見えた。「製造段階での偏析や介在物が混ざり合って変な組織になっておるんよ」と久保博士はおっしゃる。周囲の金属とはまったく違う色をしているその部分は、金属をスライスした試験片ではなく、連続鋳造された分厚い板状の鋼製品、いわゆるブルームの切断面である。




「ほら、ここには連続したキズがあるやろ。何かを転がしたような直線キズやけど、規則的な破線になっとる。低周波成分をカットするとよう見えるんよ」




素材表面のキズは、加工すれば消えるというものではない。自動車用の薄板を作る圧延の工程は何度か見学したことがあるが、500mm厚のスラブを1mmの薄板にすると、表面にある1mmのキズは500mmの長さになる。圧延のためにスラブを再加熱しても消えないキズがある。内部の空洞も同様であり、厚みを均等に500分の1にする工程で消えずに内部に押しとどめられるものもある。




「組成になるともっとややこしいんよ。たとえばクロムモリブデン綱は、モリブデンが高価な添加物やからできるだけ減らしたい。代わりの安い添加物であるマンガンで性能を出そうと考えるんやけれど、所詮、代用品は代用品や。製造工程で少しばらつきが出てもいいように、昔は余裕を持って組成設計しておった、バラついてもJIS規格の中間値には収まるように考えとった。しかしやなぁ、いまは設計そのものがJISの下限ギリギリなんよ」




思うに、これは素材供給側と購入者の間の暗黙の了解である。製造原価を抑えたいという理由で素材コストが厳しく問われ、素材供給側はその要求を呑まざるを得ない。「無理です」とは言えない。「良いものは高い」は常識なのだが、購入者に「だったらよそから買う」と言われれば道理を曲げるしか手はない。神戸製鋼の製品データ改竄は言語道断の行為だが、私は情状酌量の余地ありと思っている。




誤解を恐れずにあえて言う。低価格化を強いられる鋼材や汎用自動車部品にはもはやカルテルが必要だ。これ以上の値下げ要求は害をもたらすだろう。神戸製鋼のデータ改ざんも根底にはコストプレッシャーがある。そして、安い素材を仕入れて作られる自動車部品は、原材料費・加工費・水道光熱費・人件費・設備費の合計が販売価格の98%を占めるなどという例はティア1(一次下請け)でもざらにある。ティア2以下の下請けの実態は推して知るべし、だ。


 いまの日本で売られている金属素材について久保博士は、こうおっしゃる。




「専門が細分化しすぎておるんよ。形状精度を測る人は金属の中身を知らん。冶金学の人に形状精度や製造現場を知っている人はおらへん。密接に関係し合っているのに、すべてを知っている人はおらん。いても少数や。問題が起きた現物を調べろと言われてもできないのが現状なんよ。ものすごく噛み砕いて分野を分けると、それぞれにエキスパートはおる。しかし、パッと物を見て推測できる人がおらへん。昔はそういう人がたくさんおった。だから日本はものづくりで成功できたんよ」




(次ページへ続く)

私は自動運転時代の日本車を心配している。制御プログラムを実行するアクチュエーターはすべて機械なのだ。機械は金属で作られる。神戸製鋼の一件は、すべてのものづくり企業が他山の石とすべきである。




もうひとつの事件。明るみになった無資格検査院による完成車検査は、日本の自動車基準認証精度の根幹を揺るがす問題である。




自動車はときとして凶器になり得る。運転者の過失が原因で凶器化する場合が多いが、自動車そのものの設計・製造段階に不手際があり、それがもとで凶器化する場合もある。そもそも自動車は人間が作る機械なのだから、悪意のないミスをゼロにすることはまず不可能だ。だから、自動車が市場に出てから発見された設計・製造上の不具合はリコールという制度で救済される。その旨を国土交通省に届け出で無償で回収し適切な処置を行なえば罪には問われない。




日本は事前認証制度を採っている。世に送り出す自動車は国交省が審査を行ない、合格の証として型式指定・型式認証が与えられる。大量生産される自動車をいちいち国交相の検査官がチェックするのは不可能だから、審査に提出した製品と同じ製造品質が保たれるよう自動車製造業者が自主検査を行なう。これは出荷前の車検であり、国の業務の代行である。その検査は資格を持ったスタッフがやるという点が国と自動車製造業者の合意である。日産とスバルはこの合意を反故にした。




ただし、輸出車は仕向地でのルールに委ねるから、今回は国内に出荷された車両だけがリコール対象になった。たとえば米国は、日本のような事前認証ではなく事後認証であり、FMVSS(連邦自動車安全基準)での規定が遵守されているかどうかのチェックは市場からの抜き取り調査で当局が確認する。違反が認められると社会的制裁を与える。ある意味合理的だ。




日本では、出荷前に製造業車が製造品質の確認をきちんと行なっているという前提で、型式指定車の継続車検は国の自動車検査登録事務所への持ち込み検査ではなく資格を持った民間検査場に委ね、書類の届け出により承認される。今回のように自動車製造業車が無資格者に検査させた場合は、継続車検のルールも反故にされることになる。出荷前の車検が無効なのだから継続車検も無効になる。




強調しておきたいことは、日本の事前認証制度とリコール制度は性善説に基づいたものであり、自動車製造業者にとっては大きなメリットであるという点だ。人間はミスを犯す。しかし悪意のないミスには寛容でなければならない。日本の自動車認証制度はこの性善説に立脚してきた。しかし、いまや国側も業界側も、かつてのように産業発展のための二人三脚ではなくなった。思惑は多少違っても、歩む方向は同じだったはずなのに……。




もうひとつ気になることは、このふたつの不祥事についての報道である。ただの事件報道でしかない。私にコメントを求めてきた新聞に「製造業者での出荷前検査は、事実上の初回車検です」と説明しても「どんなに悪者か」だけを聞きたがる。神戸製鋼の件も「ほかもやっているでしょ?」と情報を引き出したがる。いつか報道が国を滅ぼすだろうなぁと思う。




やるべきことは当事者への厳罰と、世界に対して一刻も早く安全宣言を行なうことだ。行政も政治も動くべきである。攻撃されるネタを完全に潰したあとで経営陣が責任を取る。他社まで余計な詮索をされないよう、取締役が自らの身を生贄として差し出す。それ以外に手はない。

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