小学校高学年の三年間だけ、父の仕事で和歌山の海辺の町に住んでいました。ちょうどスーパーカーブームが始まって、空前の盛り上がりを見せたあと、やや収まっていった。そんな頃です。
都会ではいろいろなショーが催されたりして、スーパーカーに触れる機会も多かったのだと思いますが、そこは和歌山県南部。なかなかそういう機会もありませんでした。
「きんのぅよぉ、国道んとこBMWが走っちゃあってよ」「わってぇ、がいよら」(「昨日国道をBMWが走ってたよ」「すごいなあ」)なんて、小学校の同級生がテンションあげあげになっていたりしました。そうですね、だいたい「家の網戸にオオクワガタが飛んできた」に匹敵するくらいの、すごいイベントに遭遇した、という感じですね。そんな長閑な町でした。
その頃、母の兄は尼崎にいて、アマチュア無線をしていました。その無線仲間の一人から、ある日「今度ポルシェのお店に行くのだけど、よかったら連れて行ってあげましょうか?」というお誘いをいただいたのです。筆者の一家はちょうど、兵庫県西宮市の祖母宅に遊びに来ていたタイミングでした。それで、母と一緒にクルマに乗せてもらって、確か大阪市淀川区だったと思います、ポルシェのディーラーに連れて行ってもらったのです。
はじめて見る大量のポルシェ。そこはスーパーカーのパラダイスでした。
「うわっ、カレラや!こっちはターボや!」
もう、メートル上がりまくり※の筆者の様子に、母がミニカーを1台買ってくれました。ちょっと大きめ、1/24くらいのサイズの、山吹色の911Sタルガです。「これ、屋根が取れるん?」「タルガトップって言うんですよ」「タルガ?ターボじゃなくって?」「うーん、ターボはついてませんねぇ」
田舎の小学生のトンチンカンな質問にも、優しく対応してくれたディーラーの人。自分で言うのも何ですが、あの頃の筆者はかなり可愛かったですからね。今となっては畏れ多くてとてもタメ口などきけないポルシェ屋さんですが、若かったあの頃、何もこわくなかったんですね。
ただ、連れて行ってくれたおじさんの運転中の横顔の、とても露出した歯茎だけがちょっとこわかったのが、ほぼ40年を経ていまも印象に残っています。
※編集部追記:「メートルあがる」は「メーターが上がる」つまり「テンションが上がる」に「まくる」がついたものです。
[ライター・撮影/小嶋あきら]