春分を過ぎていよいよ桜を楽しめる陽気へと進んでいます。ようやく、という言葉を発したくなる方もいらっしゃることでしょう。寒さを乗り越えたからこそ花開く桜には喜びや希望を見てしまうのかもしれません。
桜はまたの名を「夢見草」ともいいます。爛漫と花開く美しさの後に散っていく時のはかなさを、夢としたのでしょう。たとえはかなくとも夢を重ねながら今年もめぐってきた桜の時を、逃さず心ゆくまで楽しんでまいりましょう。
「お花見」はいつ? やっぱりワクワク
二十四節気「春分」の第二候は「桜始開(さくらはじめてひらく)」です。「咲く」ではなく「開く」で表しているところに、待ち焦がれた心があらわれているようです。
「花時(はなどき)」といえば桜の花が美しく咲いている時季を表します。ところが私たちはそれよりもずっと前、寒さに震える枯れ枝を眺めながら芽が現れるのはいつかいつかと心待ちにし、初めての花には心を躍らせ、温かさとともに増えていく花をみながら満開の時が気にかかります。やがて花の盛りをむかえれば、わずかな風にも散ってしまうのではと気をもんで一喜一憂。桜の花を中心にした「花時」は「桜時(さくらどき)」ともいわれます。私たちにとっては人生のさまざまな思い出とともに刻む、そんな時ともいえるようです。
≪さまざまの事思ひ出す桜かな≫ 松尾芭蕉
桜を楽しむといえばやはり一番は「お花見」。はなやかな宴会がなくても有名なお花見どころではなくても、日本のいたるところで桜は静かに咲いています。木の下をそぞろ歩けばふんわりと漂う桜の世界に誘われます。
≪お花見と決めて仕事の捗りし≫ 千葉美森
花の咲く様子を見ながらそろそろかな、いつ行こうか? とあれこれ考えたり相談したりするのも「お花見」の楽しみです。
温かさの中にちょっぴりひんやりする空気をまとったお花見の季節、桜の花のはなやぎにワクワクするとともに今年ならではの心模様を刻んでいければいいですね。
春の海を味わおう!「桜鯛」
「桜鯛」すてきな名前です。桜の花の咲くころ産卵のために浅瀬の内海に集まってくる真鯛をさすそうです。卵を抱えた春の鯛はお腹の部分が赤みを帯びるということです。一説では桜の時季とこの現象が重なることで名付けられた「桜鯛」は、またの名を「花見鯛」ともいわれています。
真鯛は姿の美しさから、古来「百魚の王」として特におめでたい席に用いられてきました。今でも「尾頭付き」はお祝い事の定番となっています。
≪桜鯛天駆けるごと釣られけり≫ 原口静子
春のめでたさと桜のはなやかさが百魚の王である真鯛に重ねられ、力強く春を迎える海の豊かさが感じられる一句となっています。産卵を前にした真鯛には脂がのり、肉質もぷりぷりと弾力を持って美味しいということです。
桜の季節ならではの味わいといえば、桜餅や桜茶など葉や花を使ったものが思い浮かびますが、海の味覚にも春の花を持ち込んでしまう心は、やはり日本人ならではの感覚と言えましょう。なぜならばこの真鯛、秋には「紅葉鯛」と呼び名を変えていきます。美味しいものは季節とともに楽しみたい、その気持ち、わかりますよね。
「樺細工(かばざいく)」で桜の木を日常使いに!
山桜の樹皮を用いた木工品「樺細工」は今でも根強い人気をもっています。歴史は古く江戸時代に、現在の秋田県角館で下級武士の手内職として始まりました。藩主により育まれた技術は明治以降、武士から転じて本格的な樺細工職人になるものも多く、地場産業として根付き今にいたるということです。
「樺細工」の魅力は山桜ならではの樹皮が持つ模様の美しさ、渋い色合いと光沢といえましょう。さらに湿気を防いで丈夫だという特徴は、日常使いの道具として長く愛されてきたゆえんではないでしょうか。茶托やちょっとしたお盆など、見回してみれば案外身の回りでごく普通に使っていたりするものです。
茶筒から茶葉を掬って急須に入れる。ごく日常的な動作ですが、ティーバッグやペットボトルのお茶が普及した現在ではあまり見かけなくなったかもしれません。湿気やすい茶葉を守る茶筒は大切な道具です。「樺細工」の茶筒には蓋も中蓋もピッタリと閉まる手仕事の美しさが感じられます。お茶を入れる一連の動作の中にも手にした道具の感触からフッとしたやすらぎと温もりが生まれます。
桜は爛漫とした花のころばかりが、もてはやされがちですが、樹木としての魅力は他にもいっぱい。そのひとつでも日々の生活の手触りにできれば、なんだか心も浮きたってきませんか。
参考サイト:<KOGEI JAPAN>