五月に入り、生まれたての緑も少しずつ色が増していくのを日に日に感じます。新緑の中、つぎつぎと色鮮やかな花が開いていくのが五月。つつじに続いてさつきが葉の中から溢れるように紅紫色の花をつけ、ふだん通る道を明るく華やかにしてくれています。まわりを見れば、街頭の植え込みや家々の庭に花をつけた木々が見え、自然と心が和んできませんか? 数ある初夏の花のなかから、素敵な物語をまとった花を見つけてみませんか。少しの間おつき合いください。
「藤」薄紫色が作り出すあでやかな幻想世界
房となって垂れ下がる藤の花は淡く薄い紫色。小さな蝶のような花を密集させてふんわりとした花房はボリュームたっぷり、でも穏やかなやさしさを感じさせます。つる性の木で作られた棚に藤の花房が静かに垂れ下がり、揺れる棚の中は不思議な雰囲気を醸し出しています。万葉歌人の歌をみつけました。
「多胡の浦の 底さへにほふ藤波を かざして行かむ 見ぬ人のため」 内蔵縄麻呂
「多胡の浦の底までもが輝くほどに美しく咲いている藤の花、この花を髪に挿して行きましょう。この波打つほどに咲く藤をまだ見ていない人のために」と藤の美しさを描いています。後世の能楽『藤』では藤の花の精に歌の世界を託しました。舞台に表したのは水面に美しく照り映える藤の花の幻想的な美しさです。
同じ「藤」をテーマにしたものでも歌舞伎の舞踊「藤娘」はひと味違います。
藤の花が描かれた着物に、藤の枝を肩にのせた娘姿で現れるのは能楽『藤』と同じ藤の花の精。こちらの藤の精は娘の愛らしさを見せながらも、男の浮気心をちょっとなじってすねてみたり、と切ない女心をたっぷりと見せてくれます。なんとも可愛い人間性豊かな藤の精ではありませんか。
誰もが認める華やかな美しさを持ちながらも、派手な自己主張はせずにちょっと控えめ、それが藤の花の魅力といえるのかもしれません。
百花の王といわれる「牡丹」をいつも身近に置くのは誰?
「牡丹」の美しさはなんといっても、波打つように豊かな花びらが作る花の大きさでしょう。百花の王といわれるのもうなずけます。その派手やかな姿を舞台で見たことはありませんか。能楽や歌舞伎の演目『石橋』『連獅子』『鏡獅子』といった獅子ものといわれる作品です。
獅子は百獣の王とされたライオンを元に考えられた想像上の動物です。これら獅子が現れる作品の舞台には必ず大輪の牡丹の花が飾られます。登場した獅子は、咲き誇る牡丹の香りに魅せられるように花と戯れ、獅子舞を舞います。ダイナミックで美しく華やかな世界がくり広げられ、どれも大変魅力的な作品です。
なぜ獅子ものには牡丹の花が必要なの? と素朴な疑問がわきます。
「獅子身中の虫」ということばを聞いたことがあることでしょう。獅子の身体にいる小さな虫が、自分を守って貰っている獅子の肉を食べ、ついには宿主である獅子を倒してしまう、というお話です。たとえ獅子のように強い力を持っていても、身内の中に裏切りがあれば身を滅ぼすこともありえる、という教えになっています。
百獣の王といわれる獅子がもつ弱み、この虫から獅子を救ってくれるのが牡丹なのです。夜の空気に冷やされてしずくとなり牡丹の花に溜まった夜露、これこそ「獅子身中の虫」を抑える妙薬ということです。獅子が牡丹のそばを離れられない理由、ちょっと滑稽で教訓があってなかなか楽しいものではありませんか。古典として語り継がれる魅力はここにもありそうです。
「サツキ」に「メイ」といえば、元気で芯の強いあの姉妹!
五月の代表的な花といえばやはり「皐月(さつき)」が挙がります。「さつき」は「五月」の和風月名としてもよく使われます。だからでしょうか、人の名前の「サツキ」からうけるイメージは、花よりも五月という季節を連想するような気がします。音の響きも軽やかで心地よく、季節の持つ爽やかなイメージが素敵な名前です。
そして「メイ」は英語で五月のこと。姉妹揃って初夏の素敵な名前を貰ったのが、大人気のアニメ『となりのトトロ』の主人公の「サツキ」と「メイ」。年月が経っても人気は衰えません。
「サツキ」と「メイ」がもし、違う名前だったら…… なんて考えられませんね。物語の始まりが5月、塚森の大きなクスノキ、ドングリがころがる世界を泣いたり笑ったりしながら駆け回るのは、やっぱりこの名前以外に考えられません。
「サツキ」と「メイ」は花というより、トトロの森にいる二人には初夏の爽やかな空が似合います。でも、これだけはわかります。二人が五月に咲く花のように美しい女性に成長していくということに、皆さんも異論はありませんよね。
五月はもの皆伸びゆく青春が似合う季節。瑞々しい美しさが自然のなかにたくさん現れています、その美しさにどんどんと気づいていきましょう。日一日と変化していきますよ!