二月になりました。寒が明けるまでもう少し、文字通り寒中の厳しさに耐える日々が続いてきました。新しい月は「キサラギ」。きらきらとほんの一歩春に近づきます。とはいえ、まだまだ寒さも続きます。この寒さをもうひと踏んばり乗り越えるのが二月といえそうです。歳時記を開いてみれば、そこにはもう寒さにふるえているばかりではない、春の胎動を感じる季節のことばが溢れていることに気づきます。寒さの中からほのかに現れてくる春を見つけに行きませんか。
「衣更月」「雪解月」「小草生月」「梅見月」すべて二月を表します
二月は「キサラギ」、誰もが知る和風の呼び方ですが、すでに『日本書紀』神武の記事に登場しており、古来の呼び名と考えてよさそうです。平安時代の歌学書である『奥義抄』には「さらにきぬを着れば、きぬさらぎといふをあやまれるなり」とあり、寒さゆえに衣を重ね着するから「衣更着」と書いて「キサラギ」となった、という説には誰もが納得するものがあるのではないでしょうか。
二月には「キサラギ」の他にもたくさんの呼び方がありますが、どれも二月という季節の表情をすくい取って名づけられたことに気づきます。
「雪解月(ゆきげつき)」
春の初めは雪解けから。降り積もった雪、張り詰めた氷をゆるめるのは春を呼ぶ東風。大地の潤いから新たな萌しへとつながるホッと心のほどける名前に思えます。
「小草生月(おぐさおいづき)」
草木の芽吹きを伝える嬉しい月名です。字の通り「小さな草が生え始めます」という意味ですが、冷たい雪の下や枯れ果てた大地に萌す緑を見つけ出した喜びが伝わります。
「梅見月(うめみづき)」
春の到来を実感できる花のひとつが「梅」でしょう。まだ寒い中にもふっくらした蕾をもち花開いていく梅の姿は、凜とした中に清々しい希望を感じさせます。
「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ」 菅原道真
この歌を詠んだ時の道真は、太宰府へと落ちていかねばならない失意の中にありました。ですが、春の風にふくらみ始める梅の匂いを描いていることから、心に明るい情景が浮かんできます。寒さの中に咲く梅に「春告草」の異名があるのも得心がいきますね。
「事始め」「初午」「初音」いよいよ今年が始動する!
節分とともに寒が明け立春をむかえると、メディアではいっせいに暦の上での春の到来を報じます。現実感には乏しいニュースとなりますが、心は先へと向けられ寒さの中にも弾むものが感じられます。だからでしょう、二月は「始まり」と「初めて」が並んでいるのに気づきます。
「事始め」は2月8日。
一年の祭事、農事を始める日として大切にされています。春を迎える心を決め新たな農作業へ向かう出発の日と考えられたそうです。私たちにとっても新しく何かを始めようとする時を「事始め」ととらえれば、気持ちを新たに今年の目標に向かっていくチャンスとなりますね。
「初午」今年は2月10日。
京都の伏見稲荷大社に神が降りたのが初午の日だった、というところから稲荷の縁日となったとされれています。「稲荷(いなり)」は「稲生(いななり)」が変化したものということで農業の神となりました。
キツネとの結びつきは、食物を司る「みけつ神」が「三狐神」と当て字されたからとのこと。動物と結びつくと親しみがグッと湧いてくるのかもしれません。本来は豊年の祈願の祭りであったようですが、今では商売繁盛、安産、万病平癒など広く人気を集めています。
「初音」はいつ?
耳からの春はやはり鶯の「初音」を待つことになるでしょう。
「鶯の谷より出づるこゑなくは 春くることをたれか知らまし」 大江千里
「春告鳥」とも言われる鶯は誰もがその囀りを耳にするのを待ち望んでいます。鳥の鳴き声には「囀り」と「地鳴き」がありますが、「囀り」は繁殖期のラブコールといわれています。正に春の声ですね。秋冬の鶯は笹薮を好み、地鳴きが笹藪から聞こえてくることから「笹鳴き」ともいわれています。「笹鳴き」から「囀り」へ変わるのが春。のどやかな鳴き声に春を実感できるでしょう。
二月は季節を分け、新たな年へと立つ季節
2月の始まりは「節分」と「立春」。きっぱりと冬に別れを告げる行事が用意されています。自然はまだ厳しくとも、私たちの心は新しい年のめぐりへ、季節へと暦に追い立てられるように動きます。きっとけじめをつける意味があるのでしょう。
「春立つや誰も人よりさきへ起き」 上島鬼貫
寒さの中でもこのような気持ちへと駆り立てるのが「立春」。季節に一線を画す「春立つ」が日本人の心に大きく作用しているのは、光が明るさを増してくるのを感じるからではないでしょうか。
新しい季節の始まる二月、陽気が立ち引きしまった空気にゆるみが出てくると、さまざまな「初」や「始まり」が見えてきます。今年の初めてを実感できるようにしっかり五感を研ぎ澄ましていきませんか。暖かな春に出会えるまで、曲がり角はあといくつ? 楽しみながら前へ歩みを進めてまいりましょう。
参考:
『角川俳句大歳時記』角川学芸出版
『古事類苑』国立国会図書館蔵