6月16日は、6(ムギ)16(トロ)の日です。とろろ芋をすって、トロトロと麦ごはんにかけた麦とろは、「名物 とろろ汁」として江戸時代にも大人気。東海道の宿場では、有名な旅人たちもサラサラっとかき込んでパワーチャージをはかっていたようです! ところで、とろろってなぜ手や口がチクチクかゆくなるのでしょうか。そしてとろろ芋が「山のウナギ」と呼ばれる理由とは?
東海道の旅人は麦とろを食べてパワーチャージ!なんと弥次さん・喜多さんは…
日本橋から出発して20番目の宿場となる「丸子(まりこ)」。東海道でもっとも小さな宿場ながら、高品質なとろろ芋・自然薯(じねんじょ)の産地として知られ、美味しい「とろろ汁(麦とろ)」が名物になっていました。あの松尾芭蕉も「梅若菜 丸子の宿のとろろ汁」という句を残しているほどです。
江戸時代は空前の旅行ブーム。大ベストセラー旅行記『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)をうけて、歌川広重の浮世絵『東海道五十三次』の丸子宿には弥次さん・喜多さんを思わせる人物が描かれています。自然薯や長芋などをすってトロトロ状態にし、だし汁でのばして味をつけ、麦ごはんにかけた「とろろ汁」は、のど越しが良くて滋養たっぷり! 旅の疲労回復グルメとしても大人気だったのですね。
とはいえ、じつは『東海道中膝栗毛』で弥次さん・喜多さんは、丸子名物のとろろ汁を食べることはできませんでした。なぜなら…注文して待っている間に、あろうことか調理中のご主人とその奥さん(乳飲み子あり)の夫婦喧嘩が勃発してしまったからです。バトルはエスカレート、夫がすりこぎで叩けば妻がすり鉢を投げつけ、あたり一面はとろろだらけ。足が滑り、折り重なってどうと倒れたりして大騒ぎな状況に! 弥次さん・喜多さんは食事どころではなくなり「けんかする 夫婦は口をとがらして とんびとろろに すべりこそすれ」という狂歌を残し、店を引き上げたのでした(当時のトンビは「とろろ〜」と鳴いたようです)。
ところが『東海道五拾三次之内 丸子 名物茶店』では、中央で弥次さん・喜多さんらしき2人が、美味しそうにとろろ汁をかき込んでいるではありませんか。その横で甲斐甲斐しく給仕する、あかちゃんをおんぶした女将さんの姿も!? 本当はこうだったはずなんだけど…という理想のおもてなしシーン(名誉挽回?)なのかもしれませんね。
さて左方には、何やら長い竿のようなものを担いでいる男性も。この人は、自然薯を育てている農家さん。真っ直ぐで美しい自然薯が折れないよう、添え木と一緒に包んで大事に届けた帰りなのだそうです。江戸時代の人々は、すでにこのようなガイドブックでご当地グルメを知ったり、風景を想像しながら旅の計画を練ったりして楽しんでいたのですね。
ビタミン・ミネラルで夏バテ予防!かゆくなるのは針がチクチク刺さるから!?
とろろ芋は、山でとれる細長いヌルヌルした食べ物…それだけではありません。「山のウナギ」といわれるほど栄養価が高く、夏バテ防止の強い味方だったのです。
暑さで胃の消化機能が低下すると、栄養の吸収効率が悪くなり、ビタミン、ミネラル、たんぱく質などが不足して、夏バテ特有の症状が出るといわれています。なんとなくだるい、食欲がわかない…という状態ですね。とろろは昔から、疲れたときや体調がよくないときの疲労回復に効果のある食べ物とされてきました。
「麦とろ」としていただくと、夏バテ防止効果がさらにパワーアップ! 麦には、発汗で失われがちなビタミンB群やミネラルが豊富に含まれています。とろろのヌルヌル成分と、でんぷん消化酸素が栄養吸収率を高め、胃腸の消化吸収をたすけるといわれています。
とろろになる芋は、芋類なのに生食できる不思議な食材。そのため、暑い季節にも火を使わず調理でき、熱で栄養が損なわれる心配もありません。スタミナ食なのに胃もたれの心配もなし! 夏バテに効く山のウナギというのも納得ですね。
ところで、こんなにも身体に優しいとろろが、なぜ触った手や口がチクチクかゆくなるのでしょうか?
原因は、皮の近くに多く含まれている「シュウ酸カルシウム」が肌を刺激するためといわれています。シュウ酸カルシウム は、10分の1ミリくらいの微細な針を束にしたような、見るからに痛そうな形の結晶です。皮をむいたりすりおろしたりすることで結晶がばらばらになり、それぞれの針が勝手な方向を向いて動くため、よけいにあちこち刺さりやすくなるのだそうです。
シュウ酸カルシウムは酸に弱いので、酢やレモン汁をかけると結晶がとけて、かゆみや痛みが軽くなることが多いそうです。あらかじめ皮をむいて酢水につけてから調理すると、かゆみ防止と同時に、あくを抜いて変色を防ぐ効果も。また、あらかじめ手を酢水につけておくのもおすすめですよ。かゆみが気になる方は試してみてください。
アレンジも楽しい!麦とろをサラッと食べて、夏を元気に過ごしましょう
麦とろは、おうちでも簡単に作れます。
麦ごはんは、米1合分に大麦50g、水は1合の目盛りに+100mlを基本にして、炊飯器で普通に炊けばできあがり。とろろは、ねばりの強い自然薯、水気が多くさらりとした長芋など、お好みで選んだ芋のトロトロ具合によって、だし汁の量でゆるさを調節しましょう。おろし器が手軽ですが、すり鉢であたるとより滑らかなとろろになります。
丸子宿の茶店のモデルとなった「丁子屋(ちょうじや)」さんでは、名物のとろろ汁が今もいただけます。「お椀を持って威勢よく、ザーザーと音をたて、流し込むように」食べるのが、とろろ汁の美味しさを楽しむコツなのだそうです!
だるくて食欲がわかないときこそ、麦とろパワーを威勢よくかき込んでみてはいかがでしょうか。
〈参考サイト・文献〉
『丁子屋』 ホームページ
『株式会社 はくばく』 ホームページ
『朝日新聞デジタル ののちゃんのDO科学』
『現代語訳 東海道中膝栗毛』伊馬春部 訳(岩波書店)
『現代語 抄訳で楽しむ東海道中膝栗毛と続膝栗毛』大石学 監修(KADOKAWA)