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麦の穂に満ちてきた稔り、二十四節気は「小満」を迎えています


立夏からおよそ2週間が過ぎ5月も下旬に入りました。『暦便覧』には「万物盈満(えいまん)すれば草木枝葉繁る」と書かれています。「盈満」生きとし生けるものが成長し大自然の中にあふれんばかりに満ちてくる、命の躍動、そんなイメージが「小満」でしょうか。まわりに目を向けると雨が降るごとに緑が色を増し、鳥がはなやかな囀りを響かせているのに気がつかれていたことでしょう。そこここに息づく初夏。夏へ向かう躍動に目を向けてまいりましょう。

青空に向かう麦の稔り

青空に向かう麦の稔り


初候には「お蚕さまの旺盛な食欲」が示されますが、伸び盛りは他にも?

桑の新芽が伸びて来る! それは蚕が生命力を発揮する時ともいえます。「蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)」は「小満」の初候にあげられています。蚕は古くから人間に飼われてきたため飛ぶことを止めてしまい、自分の力では生きていけなくなりました。その代わり人間にとって美しい繊維を作り出す大切な「お蚕さま」として神聖に扱われているのです。
昼夜を問わず桑を食べ続ける蚕が作る繭から取り出される糸は、細く艶のある美しい絹糸。虫である蚕の姿からは想像もできません。生命の不思議、生きものの力の計り知れない可能性に気づき利用してきた人々の自然を見る目の素晴らしさを改めて感じます。
初夏の生命力で思い出すのは、奈良公園でこの時期に出会う生まれたての子鹿たち。5月~6月は鹿にとって出産のピークです。華奢な足で立ち上がり母鹿に寄り添う姿はなんとも愛らしいものです。古くは鹿を「か」と呼びましたので「鹿の子」は「かのこ」ともいいます。目を引くのが茶色の背中に飛ぶ白の斑点模様、子鹿のかわいらしさを引き出しています。これは「鹿の子まだら」という模様の名前にもなっています。
白く染め残した絞りの連なりが華やかな柄となっている「鹿の子絞り」は着物を彩ります。百合の花にある鹿の子模様は花びらよりも濃い斑点が鮮やかさを引き立て「鹿の子百合」と呼ばれています。忘れてならないがお茶請けに人気の甘味「鹿の子」。丸めた餡に小豆やうぐいす豆、隠元豆等の甘煮をまとわせたもの。どれも鹿の子の愛らしさが発想の原点です。
「かいこ」と「かのこ」ちょっとした言葉遊びですが、今を伸び盛りとする元気を貰っていきたいと思います。

新生の子鹿と母鹿

新生の子鹿と母鹿


次候「咲き乱れる紅花」から注目したいのは、鮮やかな色!

口紅や頬紅の原材料となる染料「紅」は「紅花栄(べにばなさかう)」と次候で取りあげられており、収穫の時期を迎えます。花は濃い黄色からすこしずつ赤味を増していきます。染料となるのは茎の末の部分、ここを摘んでいくことから「末摘花」ともいわれます。『源氏物語』では光源氏が通う女性の名前に付けられました。艶やかな紅花のような女性と思いきや、顔色が青く垂れた鼻先が赤いという不名誉な意味での「末摘花」の命名は、紫式部の豊かな知識と才能の閃きだったのでしょう。何よりも紅花が作り出す紅色の美しさは時代を越えて愛され続けています。
色鮮やかな夏の色を探しながら見つけたのが、水辺で鋭いハンターぶりを発揮する「カワセミ」です。漢字では「翡翠」と書きますが「ひすい」と読んでも第一義は「カワセミ」を指す漢語です。美しさが転じて宝石を指すようになったのでしょう。「カワセミ」は「渓流の宝石」と呼ばれています。
1年を通して日本に住み春から夏が繁殖期、水辺の土壁に横穴を掘り巣作りをして産卵をします。長い嘴が特徴で、水中に飛びこみ餌を獲るときの飛翔の姿は光を浴び美しさが際立ちます。「カワセミ」の変幻自在に輝く青緑色は、光の反射を複雑にしている羽毛の表面の細かな構造によるとのこと。私たちの目を捉えていたのは光のマジックだったのです。
「一身を矢とし翡翠漁れる」 山口速
光の力が強くなる夏に際立つ「紅」や「翡翠」は命の漲りあってこそですね。

餌を加え飛翔するカワセミ

餌を加え飛翔するカワセミ


末候は「麦秋至(むぎのときいたる)」夏前にくる稔りの豊かさです

「秋」は稔りの季節を表します。麦にとっての秋は今の時季、初夏なのです。かつて年貢として納めるために米作りをしていた農民にとって、米を収穫した後に作る麦は自分達が食べるためのもの。こちらの秋も大切な取り入れだったのです。
大麦はなんといっても麦飯となりお腹を満たしました。小麦は練って作る「うどん」や「ほうとう」のほか、さまざまな具を合わせた「お焼き」など土地ごとに親しまれ、今でも食べ継がれているものがたくさんあります。大麦の玄米を煎って焦がし石臼で碾いて粉にしたものは「麦こがし」「香煎」また「はったい粉」と呼ばれお菓子の材料にもなっています。砂糖を足してお湯でほどよい柔らかさにすると、麦の芳ばしさと甘さがなんとも素朴な味わいのおやつになります。また碾いた粉に砂糖を混ぜて型取りした打ち菓子の落雁は、口の中に広がる麦の味わいが魅力です。
「亡き母の石臼の音麦こがし」 石田波郷
お米は年貢としてまた神さまに奉納するなど、ハレの場を飾る大切な穀物である一方、麦は庶民の生活に寄り添ったものとしてさまざまに工夫し手を加え、美味しさを追求してきたのだと感じられます。
現代の食生活ではあたりまえになっている小麦粉、大麦から作られるビールや麦茶、どれも麦の秋の大きな恵みなのです。「麦秋至」はささやかなようですが、思いの外大きな秋ではありませんか。

石臼で小麦を碾く

石臼で小麦を碾く

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