近年、ずば抜けた健康成分の含有率から、スーパーフードとして再注目されているラッカセイ。一般的に鞘つきのものは「落花生」、剥き身のものや加工品はピーナッツと呼ばれています。国内流通するピーナッツ製品の9割は中国産を主とした安価な輸入ものですが、その数倍の値段で高級品になる国内のラッカセイの主要生産地は千葉県・茨城県で、特に千葉県はシェアの8割を占める大産地です。この時期、ラッカセイの産地では、乾燥・山積みされた稲叢(いなむら)に似た「ぼっち」が畑にいくつも林立します。この「ぼっち」には、日本の風土と歴史の中ではぐくまれたラッカセイ栽培の知恵と苦労が込められています。
花が地中にもぐりこむ。その習性の理由とは?
ラッカセイ(落花生 Arachis hypogaea)はマメ科ソラマメ亜科ラッカセイ属の一年草で、原種の原産地は南アメリカ大陸の中西部、ボリビア付近の高地と推定され、周辺のペルーやブラジル、さらに中米のメキシコ一帯では、紀元前から食用に栽培されていた痕跡が見つかっています。
大航海時代にヨーロッパにもたらされ、ついでアフリカやアジアなど世界中に伝播しました。当初は、多量の油分を含むために搾油して植物油として、また生のまま家畜の餌に使用されていました。
「落花生」の名は、花が咲き終わると花柄が下に伸びて地中にもぐりこみ地下で結実する、という奇妙な生態からきているということは、近年すっかり有名になりましたよね。
真夏の早朝に、蝶形の濃い黄色の美しい一日花を咲かせ、花は自家受精し、子房の子房柄(しぼうへい)が花柄ごと下方にぐんぐんと伸び始め、地面に到達すると、土の物理的抵抗を感じ取って植物ホルモンのエチレンを生成します。エチレンは生長促進と成熟阻害の双方の効果を植物にもたらし、そのバランスの中で莢(さや)の形成と実の形成が可能となるようです。細菌感染の防御にも役立つので、地中での腐敗防止にもなるのでしょう。
英語圏のground nut=地面の木の実、という名称も、落花生の特異な性質をよくあらわしていますし、殻をむいたpea nuts=豆の木の実、というもっと一般的な名前も、落花生のこの独特の習性と、普通の豆らしからぬ味わいをよくあらわしています。
ラッカセイの莢に刻まれた特徴的な網目は養分を運ぶ維管束です。つまりラッカセイは維管束を通じて地中の養分を実に直接吸収して蓄積するのです。このため、地上になる豆類やナッツ類と比べても、包含する栄養分ははるかに上回ります。地中にもぐって成長するのは、「鳥や虫に食べられないため」などの説明も見られますが、地中にもモグラや虫はいますから、特段有利とはいえません。その証拠に、実を守るための堅い殻を作っているわけです。おそらく原種は、アンデス山地の乾燥した痩せ地に適応するために、根から吸収した養分に依存するより、直接実から吸収する効率性を選択したのでしょう。
瓢箪から駒?ラッカセイ王国・千葉の紆余曲折
ラッカセイは日本には少なくとも江戸前期にはわずかに渡ってきていたことが文献などから確認できますが、作物としての栽培は、明治初期に始まりました。
乾燥に強く、痩せ地でも育つ上に栄養価の高い落花生の種子を明治政府が購入、全国の農家に栽培を奨励しました。この当時、房総の外房北部の沿岸・九十九里地方は、江戸前期の作物増産政策のために椿海と称された広大な湖を干拓したことで、慢性的な旱魃(かんばつ)と洪水にたびたび見舞われ、椿海近隣の農民の貧窮は深刻でした。一方で、沿岸では大量のイワシが水揚げされていました。当時の千葉県令(県知事)柴原和(やわら)は、明治10年、この九十九里地方の貧窮地域にラッカセイを作付けすることを計画し、大々的に種子を貸し付けました。取れたラッカセイを搾油して大量に獲れるイワシを漬け込み、西洋人が好むオイル・サーディンに加工して売り出すという目論見があったのです。しかしこの計画は、オイル・サーディン加工の工程計画がまったくなされておらず、絵に描いた餅に終わります。栽培自体も、花が土にもぐる性質が気味悪がられ、なかなか軌道に乗らなかったようです。しかし、可能性を直感していた匝瑳郡鎌数村(現旭市)の戸長・金谷総蔵は一帯の農村に種子や肥料を無利子で配給し、熱心に栽培を後押しし、10年ほどでラッカセイ栽培をこの地に定着させました。
オイル・サーディンに加工する計画が頓挫したため、できたラッカセイは東京で販売するようになりました。すると想定以上の人気となって、輸出商品ともなり、東京方面から買い付け商人が千葉へ殺到する事態となります。需要に生産が追いつかず、落花生畑は急速に拡大して、次第に九十九里地方から内陸の八街や佐倉、千葉などの台地を占有するようになっていきました。
もともとは諸外国と同様、搾油や加工製品(ピーナッツバターや菓子など)として利用するつもりが、行政の不備で一時は立ち往生となった千葉の落花生栽培は、農民たちの根性と工夫によって殻つきラッカセイを主力商品にすることで、ゆるがぬブランドを築いたのです。
ぼっちは日本のみで見られるスペシャルな景観
ラッカセイ産地の千葉県では普通の秋冬の農村景色である「ぼっち」。ぼっちとは、成熟して土から引き抜いた落花生を一週間弱仮干しして実の水分を半分ほどに乾かしたあと、葉を外に、実を内側にした円環にして、積み藁の要領で人の背丈ほどに積み上げて、稲藁などの雨覆いを上に被せたもの。
この雨覆いのかたちが、利根川沿岸の北総地域で現在も使われている、野良仕事などでの雨や日よけの「ぼっち笠」に似ているため(佐原や潮来の舟下りの船頭の女性がかぶっている笠と言えばわかる方もいるのでは)、ぼっち、ぼっち積みと言われています。このぼっちは雨の多い日本独特のもので、外国のラッカセイ畑ではもっとシンプルに木の杭に吊るすのみです。
ぼっち積みは重労働でコツもいりますが、晩秋から初冬にかけて1~2か月、ゆっくりと干されたラッカセイは甘みとこくが増し、油分の劣化や変質が少なくなると言われます。
こうして乾燥された落花生を、脱莢後に選別、殻ごと焙煎したものがいわゆる「殻つき落花生」です。おわかりかと思いますが、バターピーナッツや柿の種、ミックスナッツなどでは塩などで味付けされていますが、殻つき落花生は一切味付けされていません。ラッカセイの健康成分のみを有効摂取できるのです。
後編ではラッカセイの驚くべき栄養素と、主要品種のちがいについて解説します。