黄金色に輝くイチョウと銀杏(ぎんなん)の季節です。ぎんなんといえば、おそろしく強烈な臭(にお)いを発することで知られています。これはいったい何のためなのでしょうか。うっかり踏んでしまったときの対処法は? 固い殻からあらわれる、ぷりっとした黄色い粒! 旬のぎんなんは、美味しくて栄養もたっぷりです。ところが、ぎんなんには毒があるって本当!?
その成分は人間にとって臭いテロ!?踏んだ靴はどうすれば…
ぎんなんは、イチョウの種子です。私たちが美味しく食べている黄色くて丸っこい粒は、いわれてみればたしかにタネっぽいですが…白くて固い殻や、それを包んでいる果肉のようなやわらかい部分が「タネの皮」だなんて! なんと、まるごと1つの種子、だったのですね。
強烈な臭いを発しているのは、果肉みたいな種皮。道を歩いていてこの独特な臭いがしてくると、たいていの人は息を止めて一目散に通りすぎていきます。あまりの臭さに一瞬気絶する、という人も!? ぎんなんが実るのは雌木だけなので、街路樹などにはイチョウの雄木だけが使われることも多いそうです。そもそもこの悪臭の正体は?
ぎんなんのニオイ成分は、おもに「酪酸(らくさん)」と「エナント酸」の2つです。
酪酸は蒸れた足の臭いのような、人間から出る排泄物系の臭い、そしてエナント酸は腐った油の臭いのような、腐敗臭を発します。排泄物に腐敗物がブレンドされた、人間的にはできれば避けたい種類の悪臭です。もしお散歩でうっかりぎんなんを踏んでしまったら、 臭いを定着させないように、一刻も早く洗い落としましょう! 腐臭のもとは酸性なので、重曹をふりかけるか重曹水にしばらく漬けるとよいそうです。この靴捨てようか…と諦める前にぜひお試しください。
2012年、反捕鯨活動で知られるシーシェパードが、南極海で活動中の調査捕鯨船に「強い異臭を放つ薬物入りの瓶」を投げつけて妨害した、というニュースがありました。その薬物こそ、酪酸だったのですね。人の活動にダメージを与えるほど強力な悪臭成分、ぎんなんの臭いは、私たちに生理的な危機感や恐怖さえ感じとらせているのかもしれません。
動物退散!! イチョウは臭い作戦で太古から生き残ってきた?
ぎんなんの種皮は、おそろしく臭いばかりか、肌に触れるとかぶれることがあります。拾うときは素手ではなくビニール手袋などをつけてくださいね。
それにしても、黄色く目立ってジューシーで、まるで「美味しいから食べて♪」と誘っているように見せかけながら、近寄ると臭くて有毒成分さえ含んでいるという、この謎対応。たいていの野生動物は、臭いに怯えてピュ〜と退散! サルはキャッと悲鳴を上げるレベルといいます。そんなことで植物として繁殖できるの!?
じつは、臭さにひるむことなくぎんなんを食する動物が、少数ながら存在するようです。胃の中からたくさんのぎんなんが発見されたタヌキの例も。何でも食べちゃう雑食王として知られるタヌキですが、ぎんなんを好んで食べているのか単に分け隔てなく食べているのかは、不明です。
一説には、イチョウがぎんなんから悪臭を発するのは、根こそぎ食べ尽くされないようにするためともいわれています。たしかに、もしぎんなんがいい香りだったら…サルたちが集団でやってきて根こそぎかぶりつき、種は全部その辺に捨てられて広がらなかったかも? イチョウは、2億年を生き残ってきた最古の木で「生きた化石」と呼ばれています。繁殖するためにターゲットを絞って食べてもらう「臭い作戦」が成功した証しでしょうか。
恐竜はぎんなんが大好物で、皮ごとモリモリ食べていたようです。フンと一緒に種があちこちにばらまかれ、イチョウは繁殖! 氷河期に恐竜とともに絶滅しかけましたが、中国の一角で生き残ったただ1種類のイチョウが、驚きの生命力で世界中に増え育ち、現在に至ったといわれています。
日本では、お寺や神社にイチョウの古い木が多いことから、まず薬として中国からぎんなんがお坊さんによってもたらされ、お寺などを中心にまかれた種が育ち、日本中に広まったのではと考えられています。ヨーロッパに伝わったのも、江戸時代に日本に来た博物学者ケンペルが長崎の出島で初めてぎんなんを食べ「この松の実のような味がする実がなる木を、ぜひ見たい」と切望したのがきっかけ。街路樹として世界で大活躍しているイチョウですが、その始まりをつくったのは、ぎんなんの魅力だったのですね。
毒があるって本当!? レンジで簡単♪旬の一粒を味わいましょう
ぎんなんを一度に多く食べて、おう吐、下痢、呼吸困難、けいれんなどを起こす「ぎんなん中毒」の事故は、けっこう多いのだそうです。41歳の女性がぎんなんを60粒(すごく美味しかったのでしょうね…)食べて4時間後に、おう吐・下痢・めまい・両腕のふるえ・悪寒などを起こしたという症例もあります。
ぎんなん中毒は、「ビタミンB6欠乏症」によって起こると考えられています。ぎんなんにはビタミンB6にそっくりな構造をもつギンコトキシンが含まれていて、体内に入るとビタミンB6になりすましてじゃまをするようです。ぎんなんを大量摂取すると、ビタミンB6の「脳を鎮静状態に保つ」ための作用がじゃまされるので、脳は興奮状態となり、けいれんが起きたりするのですね。ぎんなんを食べてしばらくしてから不調を感じたときは、早めに医療機関を受診するようにしましょう。
ぎんなん中毒は加熱などでは防止できないため、食べる量を自制するしかありません。「ぎんなんは年齢の数より多く食べてはいけない」という言い伝えもありますが、ご長寿なら食べ放題というわけでもなさそうです。ビタミンB6は、鶏のささみやマグロ、ニンニクなどに多く含まれている栄養素。その人のビタミンB6の欠乏状態によって、同じ数のぎんなんを食べても症状のあらわれかたは違ってきます。
また、幼児の場合は数粒で中毒症状が出ることもあるので注意が必要です。ぎんなんの風味はこども向きではありませんが、家族の茶碗蒸しからいくつももらったり、おつまみに手を出したりして思いがけず大量摂取することもありえますから…。
焼いても揚げてもお吸い物に入っていてもうれしい、旬のぎんなん! 生命力がぎゅっと詰まった1粒を、大切に味わいたいですね。もっとも簡単な食べ方は、封筒に入れてレンジでチンする調理法です。殻をたたいて割り、紙の封筒にひとつまみの塩と一緒に入れて口を数回折り、電子レンジで1〜3分加熱するだけ。1分くらいずつ焦げ目の様子を見て加減しながら加熱すると、美味しくできますよ。
イチョウ並木も地域によっては、いよいよ見ごろに。黄金色に包まれてのお散歩も楽しみですね。
<参考サイト・文献>
『「酪酸」のにおい (江頭靖幸教授)』/東京工科大学
『ギンナン』/東京都福祉保健局
『イチョウの大冒険 ー世界でいちばん古い木』アラン・セール(冨山房インターナショナル)
『イチョウの絵本』濱野周泰/編(農文協)
『僕らが死体を拾うわけ』盛口満(どうぶつ社)
『毒 青酸カリからギンナンまで』船山信次(PHP文庫)