4月23日は、4(し)2(じ)3(み)の語呂あわせで「シジミの日」。食品として優れ、水質浄化に大きな恵みをもたらす自然資源シジミの特性の周知のために、島根県松江市の日本シジミ研究所によって提唱、制定されました。シジミは、浅い海の砂泥に産するハマグリやアサリ、バカ貝、赤貝などと異なり、汽水や淡水の湖沼河川に生息します。もっとも身近な食用貝にもかかわらず、その生態は未だに不明な点が多く、そのため、あらぬ偏見がもたれているようです。
広大な汽水湖の水をたった三日で濾過!驚くべきシジミポテンシャル
シジミ(蜆)は、二枚貝綱(Bivalvia)のマルスダレガイ目(Veneroida) シジミ科(Cyrenidae)の総称で、日本ではほぼ全国で採取できる貝として、縄文時代から食べられてきました。日本本土の在来種としては、汽水(海水と淡水の入り混じる水域)域に生息するヤマトシジミ(大和蜆 Corbicula japonica)、淡水域を生息地とするマシジミ(真蜆 Corbicula leana)が主要種で、加えてマシジミと同じく淡水性で滋賀県の琵琶湖のみに特産するセタシジミ(瀬田蜆 Corbicula sandai)が知られています。
また奄美群島・琉球諸島の潮間汽水域にはマングローブシジミ、またはヤエヤマヒルギシジミ(八重山漂木蜆 Geloina erosa)と呼ばれる巨大なシジミが生息しています。
マングローブシジミを除けばシジミの殻長は2~3.5センチ程度ですが、平均7~8年の寿命の間は成長し続けるため、年々大きくなるとともに、生息域の環境によって成長度は変移します。生後4年前後までは成長度が大きく、以降は緩やかになるようです。
シジミは植物プランクトンを主食とし、入水管から吸い取り、体内の鰓(えら)で濾して体内に取り込みます(濾過摂食)。また足に生えた繊毛で水底を歩き回り、堆積物の有機物質を口に直接運んで食べます。シジミが懸濁有機物質とともに取り入れ濾過する生息域の水は、シジミ1gあたり200mlになり、現在国内のヤマトシジミの最大の生息地である島根県宍道湖では、一日でシジミが1,300億リットル近い水を濾過している計算になり、およそ三日間で宍道湖の水を全濾過してしまうほどの量になるといわれます。
こうしてシジミに取り込まれた過剰な養分・有機物は、それが漁獲されることによって水域から取り除かれます。人間が生活や生産活動で流し込む汚濁物質も、とてつもない水質浄化能力で吸収改善する役割を果たしているといえます。全国の湖沼で見られる過剰な富栄養化による水質汚濁から、宍道湖はシジミによって救われているのです。
しかし、この優れたシジミの効能も、全国の河川改修や環境破壊による資源減少で失われる一途をたどっています。上記の宍道湖でも、ここ数年の環境悪化で漁獲量が落ちてきていますし、日本全体でも昭和中期には5万トンとも言われたシジミの漁獲量は、現在では2万トン前後まで下落、国内流通のほぼ半分は外国からの輸入に依存しています。
ヤマトシジミのかつての最大の産地は日本最大の河川・利根川の河口域でした。河口堰が建設されたことで河口の汽水域の塩分濃度が変化して資源がほぼ絶滅し、千葉県・茨城県の利根川シジミの漁業権も消失してしまいました。同じく主要産地だった木曾三川(木曽川、長良川、揖斐川)も、河口堰の建設から大きく漁獲量を減らしています。
シジミの本当の色、驚くべき生殖方法…人は彼らをあまりにも知らない
シジミといえば、アサリよりもぐっと小さく、黒い小石のような外観を思い浮かべるかと思います。しかし、季節による貝殻の成長度合いで年輪のように刻まれる成長脈(輪肋)が模様になった貝殻の外側(殻皮層)の黒い色は、水中の硫化鉄が沈着した色で、シジミの貝殻の本来の色ではないのです。中部地方以北のヤマトシジミは貝殻が鼈甲色のものが多く、石巻などの三陸では、硫化鉄沈着の少ないヤマトシジミを「ベッコウシジミ」としてブランド名化しています。岡山県を中心とした瀬戸内海や九州には、オレンジ色や黄色などの明るい色が多く、かつてはキシジミ(黄蜆)、またはチクゴシジミ(筑後蜆)として固有種とも考えられていました。
淡水域のマシジミ、セタシジミもヤマトシジミとほぼ同じで、赤や黄緑などの個体差・地域差がありますが、基本の色彩は緑褐色から褐色で、黒ではありません。
日本のシジミ三種は、ヤマトシジミを原種に、淡水系のセタシジミに分かれ、このセタシジミからさらにマシジミに分化したと考えられています。このマシジミの特筆すべき生態は、ヤマトシジミとセタシジミが雌雄異体であるのに対し、雌雄同体(両性具有)ということです。マシジミは卵巣と精巣のどちらも有し、水中への精子の放出と、それを取り込んでの受精生殖を行いますが、単為生殖(クローン生殖)もします。
ここまでは自然界ではよくある話ですが、さらに変わっているのはマシジミの場合は雄性発生(雄の染色体のみで次世代が生まれる)である、という点です。マシジミは染色体が三倍体で、三倍体は通常生殖能力がない(著しく退化している)とされますが、このため他個体の精子を受け取る場合でも、単為生殖する場合でも、受精すると卵細胞から細胞核が排除され、精子由来の核のみで細胞分裂が始まります。オス細胞の染色体が結びつき、いわば擬似二倍体となって生殖するのです。それならば卵細胞はいらないのではないか、と思いますが、卵細胞核の何かしらの物質作用が、生殖のための必要な媒質を担っていると考えられています。
「タイワンシジミ」は本当に外来種?マシジミを激減させた真犯人は…
淡水域のシジミも環境変化の影響を受けて減少しています。セタシジミの漁獲量は、かつては琵琶湖漁業全体の漁獲量の大半を占めるほどで、昭和30(1955)年ごろには6,000トンもの漁獲量がありましたが、現在では稚貝の放流を行ってなお、50トン程度しか獲れなくなっています。
かつては小さな河川でもまんべんなく獲れたマシジミも、農村・里山の減少、農薬や排水の流入による環境汚染、河川の暗渠化やコンクリート化などで、戦後から高度成長期ごろ、各地で数を減らしました。そのマシジミ、逆に近年各地で再び見られるようになってきています。ところがこの「復活」したマシジミについて、実はその正体は淡水性のシジミで外来種であるタイワンシジミ(台湾蜆 Corbicula fluminea)だ!という言説が多く見られます。
中国から1980年代半ばごろに輸入されたタイワンシジミが日本各地で大繁殖し、在来のマシジミはタイワンシジミのせいで絶滅しつつある、駆除しなければ!というのです。でも本当にそうでしょうか。
マシジミと同様タイワンシジミも単為雄性生殖。このため、タイワンシジミの放出する精子を受精したマシジミは、いずれ数世代でほとんどタイワンシジミに変化してしまう、というのですが、マシジミの精子を受け取るタイワンシジミもいるはずですし、またクローン生殖もしますから、一方的にマシジミが淘汰されてしまうでしょうか。また、卵細胞の核が排除されるとはいえ、卵細胞のミトコンドリアは継承されるのですから、マシジミは本当の意味ではタイワンシジミによっては絶滅しないのです。また、タイワンシジミとマシジミは貝殻の色などで見分けられる、といいますが、それも個体差がありはっきりせず、外観的に両種を区別するのは不可能。前述した通りシジミにはそもそも多様な色彩変異があるのです。
『日本産蜆の新研究』(矢倉和三郎 1922年)では、セタシジミと区分されたマシジミにはさらに二種類のタイプがあり、また別に亜種オグラシジミ(小倉蜆 または業平蜆)があるとしていて、マシジミには外見上いくつかの種類があり、一般的なものと違う種類は泉や池に産するとしています。またその特徴は、現在「タイワンシジミ」とされるものの特徴と似ているのです。
マシジミには、里山の河川で人々の目に付いていた従来のタイプと、山間や湧水池などで生息していたタイプがもともと在来種として存在し、国内河川の汚濁・水質悪化で里山のマシジミが地域絶滅した後、農薬の使用や工業・生活用水の垂れ流しが減って水質が改善されたことで、山間部などで生き残っていた見慣れない在来種が各地で多く見られるようになり、これをタイワンシジミだ!と勘違いしている可能性は充分考えられます。
タイワンシジミは中国人移民によって1920年代にはアメリカに持ち込まれて繁殖しているようですが、それならば近隣国の日本ではもっと早くに移入されているはずですし、仮に1980年代に輸入されたものが自然繁殖するようになり、それが現在各地で繁殖しているという説が正しいとしても、マシジミが日本の各地で激減し始めたのは1980年代よりももっと前の高度成長期からなのですから、タイワンシジミがマシジミを駆逐した、というのはそもそも事実誤認です。一時期マシジミを駆逐したのは、タイワンシジミではなく私たち人間なのです。
タイワンシジミを「にっくき外来種」として、大規模駆除が行われるケースもあるようですが、タイワンシジミとマシジミが別種であるという結論すら出ていません。「駆除」しているのは、本当は在来のマシジミの一種かもしれず、この件は未だ議論されていて、早計な駆除は控えるべきかもしれません。
さまざまな料理に応用できるシジミ。でもやっぱり定番の味噌汁が染みます
シジミの語源は「しじま」と同じく、口をつぐんで静かなありようのこと。どんな横暴が繰り返されようと、シジミは何も語りません。ただ黙々と汚濁物質を漉し取り、水をきれいにしてくれる上に食べれば美味しい。なんというありがたい生き物でしょう。今日は感謝しつつシジミをいただいて養生してはいかがでしょうか。
日本シジミ研究所
セタシジミ