新年度がはじまる4月も目前となりました。なにかと慌ただしい時ですが、いつもとは違う今年の春。家での過ごし方を工夫している人も多いのではないでしょうか。
童話作家アンデルセンの誕生日である4月2日は「国際子どもの本の日」。その前後2週間にあたる4月9日までは「絵本週間」です。絵本文化の発展と教育の場や家庭に「絵本読書」が定着することを願って、1967年に国際児童図書評議会(IBBY)が設けました。この機会に、おとなも子どもも楽しめる多彩な絵本の世界を味わってみませんか。
旅の日々から童話が生まれた、アンデルセンの生涯
童話作家、詩人のハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805年4月2日~1875年8月4日)は、デンマーク・フュン島の都市オーデンセで誕生しました。美しい田園風景が広がり、豊かな伝承文化に恵まれたこの地で、貧しい靴職人だった父は幼いアンデルセンにおとぎ話や物語を読み聞かせて育てました。父の死後、首都のコペンハーゲンに旅立ったアンデルセンは、数々の挫折を経験した後に大学で文献学と哲学を学ぶ機会を得ます。
アンデルセンの一生は、旅から旅へのさすらいの日々でした。1833年から翌年にかけての、ドイツ、フランス、イタリアへの旅の印象が小説『即興詩人』(1835年)を生み出し、彼の名は国内外に知られるようになります。日本では森鷗外が10年の歳月をかけて翻訳し、人気を博しました。
『即興詩人』が出版された同年にはじめての童話作品である『子どものための童話集』(1835~1837年)が世に出ます。この本には、幼い頃に誰もが親しんだ「親指姫」「人魚姫」「裸の王様」などが収められています。その後、アンデルセンは1875年に亡くなるまでの約40年間に150を超える数々の童話が生み出し、現在も世界中の子どもたちに読み継がれています。
ここが違う!「アンデルセン」と「グリム兄弟」の童話の成り立ち
最終的に大学を卒業しなかったアンデルセンは、旅行で見聞を深めながら多くの旅行記も書いています。ドイツのグリム兄弟、フランスではバルザックやヴィクトル・ユーゴーなど、旅先で多くの作家や芸術家と交友しました。
ほぼ同時代に生きたアンデルセンとグリム兄弟。同じく童話作家というイメージがありますが、グリム童話集はヤーコプとヴィルヘルムのグリム兄弟が編纂したドイツの昔話(メルヒェン)集。グリム兄弟は昔話を収集し編集して本にしたということになります。その過程で加筆修正が加えられたとしても、グリム兄弟が創作した作品ではないのですね。アンデルセンの童話は彼のオリジナル作品なので、同じ童話でも成り立ちが異なるのです。グリム童話の正式なタイトルは『子どもと家庭のメルヒェン集』で、1812年に初版が刊行されました。改訂を繰り返しながら1857年に出た第7版が決定版とされ、200篇もの昔話が紹介されています。
それぞれの代表的な物語はこちら!どちらの童話か確認してみましょう
◆アンデルセン童話
「エンドウ豆の上に寝たお姫さま」
「親指姫」
「人魚姫」
「裸の王様」
「白鳥の王子」
「みにくいアヒルの子」
「雪の女王」
「赤い靴」
「マッチ売りの少女」
「とび出した五つのエンドウ豆」
◆グリム童話
「かえるの王さま」
「ラプンツェル」
「ヘンゼルとグレーテル」
「シンデレラ」
「赤ずきん」
「ブレーメンの音楽隊」
「おやゆびこぞう」
「小人の靴屋」
「いばら姫」
「白雪姫」
アンデルセン童話、グリム童話と並んで、世界三大童話ともいわれるイソップ童話は、古代ギリシャ時代から伝わる寓話集。ヘロドトスの『歴史』にもイソップ物語に関する記述があるそうです。主な物語には「アリとキリギリス」「王様の耳はロバの耳」「北風と太陽」「金の斧と銀の斧」などがあります。
成り立ちや時代の違いを超えて読み継がれている作品の数々に、色褪せない普遍性を感じずにはいられませんね。
童話のような短編集『絵のない絵本』
「さあ、わたしの話すことを、絵におかきなさい」と、月は、はじめてたずねてきた晩に、言いました。「そうすれば、きっと、とてもきれいな絵本ができますよ」
アンデルセンの短編集『絵のない絵本は(1839〜1855年)は、屋根裏部屋に住む若く貧しい画家が、夜のひとときに訪れる月が窓越しに語る話を書きとめていくというストーリー。33夜にわたる月の話には、アンデルセン自身の旅の体験が色濃く反映されています。
パリやフランクフルト、スウェーデン、イタリアへの旅、想像の翼はインドや中国、アフリカにも及びます。なかでも明るい太陽に満ちたイタリアは、アンデルセンの憧れの地でもあり、物語の舞台として数多く登場します。子どもに向けられるアンデルセンの温かいまなざし、ユーモアや人生の苦悩。『絵のない絵本』は、想像力を刺激するおとなのための童話といえるかもしれません。
家で過ごすひととき、世界三大童話を読み返すのも、旅行気分を味わいながらおとなのための童話を読んでみるのも、またとない豊かな時間になりそうです。
参考文献・引用
アンデルセン[著] 矢崎 源九郎[訳]『絵のない絵本』新潮社