「帽子、かぶって行きなさい」。夏休み、遊びに出る子供はみんなこの言葉を背中に聞いているのではないでしょうか? 近頃の暑さは外にでることを躊躇させるほど厳しいものになってきています。日ざしを防ぎ風を通す麦わら帽子は夏の季節には最適です。軽くハリがあり、広いつばが日陰をつくって太陽の光から顔をまもってくれますが。遊び回るにはちょっとじゃまなこともありました。夏の日の思い出、誰にでもありますよね。最近はあまり見られなくなりましたが、きょうは夏の定番「麦わら帽子」のことを考えてみましょう。
麦わらがなんで帽子になるのか?秘密は麦の紐です!
麦わら帽子って、頭のてっぺんからクルクルと円を描いて頭の丸い形に、さらに横に広がってツバになって出来上がり。構造はとっても単純ですね。これは「麦わら真田」という紐状の帽子の材料のおかげなんです。大麦の穂の下の長い部分を、節をつぶして7本組にして編んだものが「麦わら真田」です。「真田」というのは「真田紐」にちなんだ言い方ですが、「真田紐」は細いながらも経糸と緯糸で織った織物です。細い麦わらは折れやすく縦の繊維に沿ってすぐ裂けてしまいますが、潰しやわらかくして紐状に編むことでミシンで縫えるほど丈夫なものになるのです。麦わら帽子の技術が日本に伝えられたのは明治時代に入ってすぐ。「麦わら真田」は農閑期の主婦やお年寄りがせっせとつくり、ほどなく輸出するほどになったそうですよ。農作業や屋外での作業、海水浴や山にと夏の行楽には欠かせないものですが、町のお洒落なファッションアイテムとしても定番ですね。女性だけでなくもちろん男性にも。似合いの一品を探すのも夏の楽しみですね。
「麦わら帽子」のヒーロー、ヒロイン、あなたは誰?
白のランニングシャツに半ズボン、頭に麦わら帽子、手には虫取り網、とくれば夏休みの少年のスタンダードではないですか? そんなイメージの源泉は『トム・ソーヤーの冒険』にある、と思っています。どんな時代も、元気でちょっと困ってしまう腕白少年はヒーローですね。その精神は『釣りキチ三平』や『ONE PIECE』のルフィに引き継がれているような気がします。あなたも小学生だった頃、夏休みに冒険の旅に出たことがあるのではないでしょうか? ワクワクしながらも不安、でも行けば何かに出会えそうな予感があふれて踏み出した冒険、今思えば他愛ないことと笑ってしまうかもしれませんが、その時の純粋で真剣な気持ちには、懐かしさと愛おしさがあるのではないでしょうか。
「麦わら帽子」のヒロインといえば『赤毛のアン』です。道々に咲いている花で殺風景な帽子を飾ろう!っと有頂天になるアンのおしゃれへのこだわり。厳格なマリラにこっぴどく叱られても、やっぱり花があったほうがステキ、と想像をたくましくして喜びを持ち続けるアンの健気さが人気の秘密かな、と思います。あなたにも「麦わら帽子」のヒーロー、ヒロインはいますか?
―母さん、僕のあの帽子どうしたでせうね?
詩人、西條八十の『ぼくの帽子』という詩の始まりです。
ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、
谿底へ落したあの麦稈(わら)帽子ですよ。
どうしても取り戻すことができなかった麦わら帽子を、冬になり寒さの中でも思い続けているこの詩は、段落ごとに呼びかける「-母さん」のひと言で切ない懐かしさが呼び起こされます。この詩をモチーフにした森村誠一の長編推理小説『人間の証明』は、映画化され大ヒットしました。麦わら帽子が大空に舞い、クルクル回りながら霧の谷に消えていく宣伝はテレビで何度となく流れ、テーマソングとともに「麦わら帽子」が人々の印象に深くきざまれたのです。ひと夏の母との思い出のを託した「麦わら帽子」は壮大な親子の物語になりましたが、堀辰雄の『麦藁帽子』には中学生の男の子の心にわく恋心が、少女のかぶる赤いさくらんぼの飾りのついた麦藁帽子をよすがに描かれます。
「麦藁帽子」をめぐる思い出はありますか? イエイエ思い出ばかりじゃあない、日々の力強い役割があってこそ「麦藁帽子」はどんな時代でも夏の主役になれるんですよ。
「百姓の骨格われの夏帽子」 行方克巳
いかがです?「麦わら帽子」のこと、ちょっと見直してみてくださいましたか。