江戸から明治へ。鎖国から開国へ。明治維新は日本が大きく変わっていく始まりでした。ドラマや映画、小説などで幕末から維新へのさまざまなストーリーはよく知られています。ようやくたどり着いた明治は日本が近代国家として世界に向けて立ち上がっていく時代でした。あらためて150年という節目に立って明治を眺める時、その中心にいた明治天皇のことは意外に語られていないのではないでしょうか? 東京には身近なところに明治天皇ゆかりの地があるんです。あまりにも当たり前すぎて気付かない人も多いかもしれませんが、とっても癒しの場所です。読みながら「なぁ~んだ!」と思って下さい。
日本一初詣の参拝客が多い明治神宮! 祀られているのは明治天皇です
さすがにこれはみなさんご存じでしょうか。JR山の手線原宿駅を降りると左側は若者で賑わう最新ファッションの発信地、そして右側はがらりと趣きが違う緑の森が鬱蒼とした明治神宮の入り口です。お参りをする本殿までの長い道は砂利が敷かれ、木々に囲まれておごそかな雰囲気です。明治神宮が創建されたのは1920年(大正9年)のこと。まだ100年に満たないのです。明治天皇が1912年(明治45年)に崩御され、1914年(大正3年)に昭憲皇太后が崩御されたのちに、国民からその徳を敬う想いが願いとなりこの地に御神霊をおまつりすることなったそうです。
明治神宮の広さは22万坪。もとは彦根藩主、井伊家の下屋敷でした
幕末1860年(万延元年)に起きた桜田門外の変で暗殺された井伊直弼で知られる井伊家は、徳川の譜代大名の中でも第一にその名が挙がります。下屋敷だったこの地は維新になり明治政府によって買い上げられた後は、長い間皇室の所有地としてほとんどが荒れ地だったということです。明治天皇を祀る「永遠の森」をめざして造営が始まったのは1915年(大正4年)でした。全国から植樹する木がおよそ10万本奉納され、全ては勤労奉仕の青年団延べ11万人によって植樹されたということです。1920年(大正9年)11月1日にこの地に御鎮座され明治神宮は創建となりました。
東京都心に広がる緑地帯には明治を感じる場所がそこここに
明治の森はJR山の手線の代々木と原宿、小田急線の参宮橋と代々木八幡にはさまれた明治神宮とその御苑に代々木公園が続く広大な地。一方明治神宮の外苑はJR総武線千駄ヶ谷と信濃町から営団地下鉄外苑前に向って拡がります。ここは明治時代には青山練兵場と呼ばれ軍隊の訓練の場として使われていました。ほかにも日清戦争、日露戦争の観兵式や、兵隊が戦地へと赴く式典が行われていました。そのゆかりとして今でもあるのが「御観兵榎」です。天皇が御観兵されるときに設けられた御座所がこの榎の前だったことからそのように呼ばれています。秋には金色に輝くいちょうの葉が舞うのを楽しみに多くの方が散歩に訪れますね。青山通りから続くいちょう並木の終わりに見つけられますから、是非立ち寄ってみてください。さらにシーズンになると野球ファンで賑わう神宮球場、広いテニスコートそして2020年のオリンピックに向けて工事が進む新しい国立競技場が続きます。
明治の歴史を絵画から学べる場所がありますよ!
青山通りからみると一番奥には、中央に大きなドームを載せた左右対称の建物「聖徳記念絵画館」があります。大きな花崗岩造りの重厚なたたずまいは明治の威厳を示すかのよう建っています。ここでは明治時代がどのように始まり終わっていったかを、縦横およそ3mに描かれた80点の壁画をみていくことで知ることができます。大政奉還や江戸城無血開城などよく知られた場面もあれば、私たちの知らない皇室の催しや神事が描かれたものなど、明治という時代を色々な角度から見ることができます。
大理石がふんだんに使われたモザイク模様の床やさまざまな彩りの壁は、私たちを静かな世界へと誘います。彫刻が施された高い天井の広い空間で近代日本の成り立ちを見つめるのも、映画や小説では味わえない明治ではないでしょうか。
黒船来航の1年前に生まれた明治天皇は数えの16歳で即位、ほぼ同じ頃に天皇として日本国の頂点に立ち国を率いていく地位につかれました。今でいえば中学卒業の年頃と言えましょう。明治天皇のお姿といえば、威厳が感じられる軍服をお召しになったお髭のお顔の写真が思い出されますが、日本とともに生きられた天皇のすがたは明治という時代を表しているような気がしませんか。
春になって明治の森へ散歩に出かけてみるのも、維新150年を感じられる素敵なチャンスではないでしょうか。