初日の出や初詣、書初めに初笑いなどなど、新年を迎えてあらゆるものに「初」をつけて縁起をかつぐ日本のお正月。中でも「初夢」は、諸外国にはその観念自体がほとんど見られない日本独特の縁起かつぎ。初夢で縁起のいい(とされる)夢を見ると、その一年いい年になる、という信仰のことですね。江戸時代に生れた縁起のいい夢のベスト3「一富士・二鷹・三茄子(なすび)」は、日本人なら誰でも知っていることわざですが、由来はどうもはっきりしていません。
なすびでずっこける吉夢三強。なぜこの組み合わせ?
そもそも初夢とはいつ見る夢のことでしょうか。大晦日に寝てみて元日の朝起きたときに覚えてる夢か、一日の夜に見て二日の朝におぼえている夢か、はたまた翌日か、けっこう諸説ありますが、そもそも古くは大晦日から元日の夜の間に見た夢、のことでした。その後、元日に枕の下にしのばせて寝ると縁起のいい夢を見られるとされた「七福神乗り合い宝船」の絵を売り歩く商売が盛んとなると、正月一日、あるいは二日に見た夢が初夢、とする風習も生れました。ですから初夢とは大晦日から正月三が日の間に見た最初の夢、また初詣の定義をあてはめれば、年が明けて見た最初に覚えている夢が初夢。というざっくりした捉え方でもかまわないでしょう。
さて、こうして初夢が年が明けて後、ということにされた頃から流布しだしたことわざが、あの有名な「一富士・二鷹・三茄子」です。
小泉八雲( Lafcadio Hearn)のルポルタージュの大著「知られぬ日本の面影(Glimpses of Unfamiliar Japan/ 1894年)」においても、「出雲で云ふには、一切の夢の中で一番目出度いのは、かの聖山フジの夢である。吉兆の順序でそれに次ぐのは鷹を夢見ることである。三番目に一番好い夢の主題は茄子である。」 と記述され、明治期には完全に知らないものはない吉夢三選とされていたようです。八雲は続けて、日(太陽)または月の夢も縁起がよいが星の夢は更に縁起がいい、牛や馬もよい、葬式などの不祝儀の夢も逆夢なのでよい、とつづっていて、当時の日本人の夢への俗信の一端がうかがえます。
それにしてもなぜ、「一富士・二鷹・三茄子」なのでしょうか。富士山や鷹はまだわかるとしても、なすびのところでずっこけてしまう三段オチのように感じた人も、実は多いのではないでしょうか?
語呂合わせ?徳川家康の住んだ駿河(静岡)の名物を列挙した?
江戸時代、「神君」と呼ばれ、「東照大権現」として奉られていた徳川家康。三つの吉夢も、徳川家康由縁だとする説があります。将軍職を退き、大御所として家康が転居した駿府の名物はそれにあやかり縁起がよい、というわけです。静岡と山梨の中間に座し、駿府の象徴とも言ってもよい富士山、さらにはその隣に位置する1000mクラスの名山愛鷹(あしたか)山。そしてなすび。これが駿府の名物だというわけです。
けれども、ナスって静岡の名物でしょうか?仮にそうだとしても、他にもいくらでもありそうなものです。お茶とか鰻とかみかんとか…どれも縁起物として悪くなさそうですよね。でもなぜかナス。納得いかなくないですか。
あの三英傑(織田信長・豊臣秀吉・徳川家康)のホトトギス歌合せの逸話も載っている肥前国平戸藩主松浦清による随筆・「甲子夜話(かっしやわ・1821~1841)」の巻之五の第五段「奥津鯛 一富士二鷹三茄子の事」には、なぜナスなのかの所以が記されています。楽翁、すなわち老中首座松平定信の話したところによると、近頃縁起のいい初夢として一富士・二鷹・三茄子などと言われているが、それはそもそも家康公が駿府住んだ折、当時の初ナスの値段が高額であることを知ると、「ここらでは、富士山、愛鷹山、その次にナスが高えな」と皮肉ったことによる、とされています。これ自体はよくわかる話なのですが、それがどうして吉夢につながってしまったかはやはり不明。
そこで語呂合わせ説も登場します。
富士は「無事」で、何事も悪いことが起きず平穏無事、健康で楽しく過ごせるということですね。
鷹は「多嘉」あるいは「高い」に通じ、出世やラッキーな出来事の到来を意味する。
なすびは「成す実」で、子宝や子孫繁栄の意味。
まあ、割ときれいに筋が通って納得できそうな説ですが、その分、後付けこじつけ感もにおいます。
その他、駒込浅間神社の近在の名物を集めたもの、あだ討ちの名所を集めたなどというさらに意味不明な説もあり、結局のところどうもよくわかりません。
ちなみに、現在ナスの都道府県別産出では、静岡県は上位10位以内にも入っておらず、決してナスの名産地とは言いがたいのですが、この吉夢のナスとは普通のいわゆるナスではなく、折戸ナスという三保半島の静岡市折戸地区で促成栽培されていた地域特産野菜のことである、という説があります。およそ80年前に折戸ナスの栽培は途絶えましたが、近年、地域特産品ブームに乗り復活を果たしました。ころっと真ん丸い丸なすで、紫の色が漆黒のように濃く、筆者は残念ながら未食ですが、こくのある濃厚な味だとか。旬は6月~9月ごろ出回るそうですから、縁起物としても食べてみたいですね。
2018年は戊戌(つちのえいぬ)。土の比和となります
さて、今年の干支は戊戌。戊は五行の土行、戌も同様に土行。2017年は丁酉(ひのととり)で、「火剋金」の相克でした。火の行が金の行を阻害し、波乱の多い都市回りだったようですが、今年の「土・土」は比和。比和は、互いの性質が強めあい、より強くその性質が現出するといわれています。
土行は、一年のめぐりの四季でいうと四立(立春・立夏・立秋・立冬)の直前約18日間にあたり、つまり季節と季節の変わり目に当たります。つまり、土の性質が重なるということは、さまざまな現象、社会の仕組みや制度、状況等が大きな変わり目に突入することを暗示しています。
前回60年前の戊戌は、昭和33(1958)年。東京タワーが完成竣工し、新一万円札が発行、日本プロ野球界最大のヒーロー・長嶋茂雄氏が読売ジャイアンツに入団した年。そしてこの年をはじまりにして「岩戸景気」といわれる長期好景気がはじまり、日本は平和憲法の下、本格的な経済発展がはじまりました。
2018年がどんな年であるかが、次の60年を占うことになる、かもしれません。叶うなら、よい変化であってほしいですね。