春はなんといっても桜……。一気に大量の花が咲き誇ったと思ったら、その美しさを短い期間で終わらわせしまう儚さに、独特の情緒を感じている人も多いことでしょう。
さらに4月は、寒かった冬が終わり、いよいよ“ものみな動き出す”季節。期待や躍動感を感じる頃でもありますね。
一方で、新しい環境に張り切って、あるいはちょっと不安を感じている方も多いようですが、桜を読んだきれいな歌句はもちろん、今回は様々な春の情感を詠んだ詩歌をご紹介しましょう。
春の自然にことよせて人間を謳う
まずは、自然の景物から。新しい春の情感を自然にことよせて詠んだものが多いですね。
桜以外では早春の花の代表の一つはたんぽぽです。見るからに可憐な花を咲かせますが、花が散って綿毛を飛ばす姿もまた可愛らしいですね。菜の花にも素朴な可愛らしさがあります。
〈たんぽぽのわた毛いずれへゆくべしや〉細谷源二
〈たんぽぽや嬉しきときにでる泪(なみだ)〉成毛克子
〈菜の花や月は東に日は西に〉与謝蕪村
〈菜の花の一本でいる明るさよ〉折笠美秋
名前のない、雑草も俳句の題材です。矢島渚男は古い草の中から新しい草が生えてきた。妻の病も回復に向かい始めた、ということなのでしょう。
〈若草に麒麟(きりん)の首が下りてくる〉神谷九品
〈新草を古草つつむ妻癒(い)えむ〉矢島渚男
クローバーはもともと帰化植物で、和名は白詰(しろつめ)草、うまごやしといいます。馬の飼料になってきました。春の草は柔らかく食べられるものが多いようですね。その代表はつくしです。
春のワカメも柔らかくて美味しいですね。
〈クローバや蜂が羽音を縮め来て〉深見けん一
〈睡(ねむ)たさが深き淵なすつくしんぼ〉有働亨
〈乾きつつみどりなるかな和布かな〉高濱年尾
どこか陰りのある季節
自然ではなく、主に人事を題材にした歌句を探してみましょう。春に「きわどい」色の服を着るのはこれからデートでしょうか。なぜか風船は春の季語になっています。
〈春服にきはどき色をあしらひし〉星野立子
〈春風や闘志いだきて丘に立つ〉高浜虚子
〈日曜といふさみしさの紙風船〉岡本眸
〈寝るときめてあまりに熱し春炬燵〉桜井土音
〈いつかまたポケットに手を春うれひ〉久保田万太郎
〈瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり〉正岡子規
万太郎の「春うれひ」は季語の「春愁」のこと。
子規の歌は、何でもない目の前にあるものを詠んだだけのような印象もありますが、病床にあった子規の心境を思いやる時、花房が畳に「届かない」ことが一種の象徴として捉えられていることが分かり、味わい深い歌です。
花が咲く、のんびりとした春の風景も現代短歌では次のようにどこか幻想的なイメージになります。空には鳥がさえずり、地上では私の幼い娘と草花が話しているようだ、という情景でしょうか。
〈春の日の空には鳥語 地にはわが幼女(をさなをみな)と草花のこゑ〉影山一男
春は、新鮮な自然や気分を謳います。その一方で、どこか陰りのある季節として謳われてきたようです。