もはや社会的認知度も定着した感のある「ニャンニャンニャン=2/22」猫の日。近年のネコ人気はすさまじく、出版不況をものともせずに猫関連の書籍はヒット連発、空前の「ネコノミクス」はますます活況。飼育頭数も、イヌとネコの飼育数は年々縮まりつつあり、最新の推計でイヌが約991万7千匹、ネコが約987万4千匹とほぼ横並びに。そんな大人気のネコなのですが、一方でいまだにネコの生態や性格について誤解や偏見が多いのも事実。「猫の日」にちなみ、しばしのネコ礼賛にお付き合いください。
「ノラ」猫?「ドラ」猫?同じなのちがうの?
筆者がネコを散歩させていて、安全な公園で遊ばせていると子供たちが来て、「あっ、ドラ猫だドラ猫だ!」と追いかけようとしたり、あるいは筆者に「すいません、あのネコはドラ猫ですか?」と尋ねてきたりということが何度かありました。不思議に思ってしばらく考えていたのですが、どうも子供たちは「ドラ猫」を「野良猫」の意味で使っていたようです。
「ドラ猫」とは「野良猫」のことではありません。もしそうなら、野良犬を「ドラ犬」とも言うはず。「どら」とは、怠けること・ふらふらとして定まらないさまを意味する「のらくら」の「のら」を強調した表現で、ネコと同様の意味合いとして不出来な二代目のことを「ドラ息子」という言葉がありますね。
ややこしいのは、「どら」という言葉ももとは「のらくら/のら」から来ていて、野や野原、また屋外の意味がある「野良」と発音が同じであること。混同されるのも致し方ないのかも。
ちなみに「ドラ息子」「ドラ猫」のドラを「銅鑼」と読み替え、「銅鑼=鐘、鐘をつく=金を尽く」で、財産を持ち崩すほどの放蕩三昧の跡継ぎ息子のことをドラ息子というのだ、というまことしやかな説があります。けれどもこれは、「どら」という言葉が最初にあり、この言葉にひっかけて「鐘を突く」という判じ物(江戸時代の謎かけ・しゃれ遊び)的表現が生まれ、これがのちに語源であるかのようにすり替わったもの。
ドラ猫とは、飼い主がいるいないにかかわらず勝手にほっつき歩きあちこちで悪さをして回る素行の悪いネコを指します。この言葉が野良猫と混同されるのは、深い意味はないのかも知れませんが、もしかしたらネコ全体へのぬぐいがたい偏見が猫ブームの今ですら根深く残っているから、とも考えられます。
【猫の日宣言】変わらぬ偏見が反映する猫成語を改め、ネコに猫権を!
たとえばこんな成語、通説があります。
「猫は三年の恩を三日で忘れる」
これは嘘。子猫の場合は、確かに後々成猫になって再会してもすっかり忘れられていますが、それは人間だって同様で、子供のうちのことは忘れるもの。仲良くなった成猫は、何ヶ月、何年経っても、出会えば尻尾をピンとあげて駆け寄ってきます。そこで僭越ながら、「猫は三年経っても忘れず尻尾をピン」とさせていただきます。
「犬は人につき、猫は家につく」
嘘です。ネコも人につきます。ただネコは日常の変化を嫌い、イレギュラーな出来事は強いストレスになります。引越しはその最たるもの。ネコは大好きなあなたと昨日と変わらない穏やかな日常を過ごしたいと強く思っているだけなのです。
「ネコババ」
猫が自分のしたウンチ(ババ)に土をかけて隠すことから、人のものを盗んで知らぬふりすることを「ネコババ」と言いますが、これもひどいものです。自分のしたものを迷惑かからないように(?)せっせと埋めている行儀のいいネコを盗っ人呼ばわり。猫をこそ泥にたとえる表現は、他にも数多くあります。そこで、「猫美々(びび)」とさせていただきます。
「猫をかぶる」
本音や悪意を隠して、おとなしく無害なようにふるまうことを「猫をかぶる」と言いますが、ネコほど正直であけすけで、「猫かぶり」をしない生き物はいません。正直で潔白なさまを「猫とかぶる」にしてほしいものです。
「この泥棒猫!」
なぜか男女の浮気・不倫関係の修羅場限定で、愛人・浮気相手側の女性限定に、妻側・彼女側から限定で発せられる定番の迷惑台詞。ネコは他の者を自分のものなどと私有物扱いなどしません。仮に浮気されても「泥棒された」とは思わないでしょう。
そもそも日本はネコの島だった!?西表の伝説のオオヤマネコ・ヤマピカリャー(ヤマピカラー)と対馬の謎のオオヤマネコ
日本のイエネコは奈良時代ごろに大陸から輸入されたものという説が定説ですが、それとは別に、土着・野生の猫も日本にいるのはご存知の通り。沖縄の西表島に棲む「イリオモテヤマネコ」と、長崎の対馬に棲む「ツシマヤマネコ」の二種です。どちらもユーラシア大陸のベンガルヤマネコの亜種。イエネコはリビアヤマネコが祖先だといわれているので、別種のネコということになります。
しかし、その二種とは別のヤマネコがいるかもしれない、という話はご存知でしょうか?それもオオヤマネコが、です。オオヤマネコはネコ科オオヤマネコ属 (Lynx) に属し、イエネコやヤマネコ(Felis)とは属自体が違い、体の大きさもまったくちがいます。石器時代から縄文時代の遺跡からはオオヤマネコの骨も見つかっており、かつて日本列島にはオオヤマネコが広い地域で生きていたことがわかっています。
そして現代でも、ときに日本国内でオオヤマネコと推察される目撃譚は聞かれ、なぜかその多くが、西表島と対馬列島に集中しています。
西表島の「イリオモテヤマネコではないヤマネコ」は「ヤマピカリャー(ピカラー)」と呼ばれ、「山で目が光るもの」という意味。古くから住民の多くが山で目撃し、イリオモテヤマネコとは別の生き物として認識していたといわれます。体長は80センチから120センチとヤマネコよりずっと大型で、茶色がかって斑紋があり、尻尾が非常に長く、短尾のイリオモテヤマネコとは異なります。そして、太平洋戦争の沖縄戦以降、ヤマピカリャーの目撃数は激減します。一説では戦後の食糧難に、島民がヤマピカリャーをかなり捕って食べたせい、ともいわれます。それでも今でもしばしば目撃情報があるとか。2007年、魚類の研究で西表島に滞在した島根大学の秋吉英雄教授が、海岸でこの動物にすぐ間近で出会ったといい、それによると姿はヒョウに似ていたといわれます。
一方、対馬では、「ツシマヤマネコを守る会」の会長・山村辰美氏が1972年、父親と二人で山に入った際に巨大なヤマネコに遭遇したといいます。その姿は胴長1.2メートル程、色は黄土色に近く、トラのように見えたといいます。目撃スケッチを見る限り、ヨーロッパオオヤマネコに酷似しているように思われます。
山村氏はこの衝撃の目撃から、やがてツシマヤマネコの保護活動に傾注するようになったのだとか。小さな離島に細々と生きるヤマネコたちですが、古代には猫たちは人間よりも多く全国を闊歩していたのかもしれません。
野良猫・猫トラブルの本当の原因とは
ふたたび現代の話。外国の野良猫・地域猫たちと比べて、日本の外猫たちの大半がひどく人に警戒心を持っているように見えます。それだけいじめられる機会、こわい思いをすることも多いのでしょうか。野良猫の「被害」を訴える声は多く、自治体が野良猫へのいわゆる通称「餌やり禁止条例」(実際には、「餌をやってはいけない」という条例は上位法に反するので制定できません。あくまで「むやみに餌をやり、住環境を汚すなどの行為の禁止」です)を制定したりなど、トラブルも増加の一途。
保健所に持ち込まれ、殺処分されるネコの数は平成27年度の統計では全国で約67000頭に及びます(環境省発表)。
2014年度のペットショップのネコの流通数は13万頭といわれていますから、それに近い数のネコが年間に買い取られていることになります。ネコを飼いたい、飼えるという家庭が、もし里親からの引き取り、野良猫の引き取りを行っていれば、野良猫の数も殺処分されるネコの数も必然的に減ることになります。
ともすると、「野良猫に餌付けをする者が悪い」という言い分が大きくなりがちですが、地域猫活動で猫の一時捕獲→ワクチン注射や避妊手術を、猫の安全も考慮して実行するためには、前段階としての餌付けは必要な行為です。もちろん人間の生活との妥協点を見出すことは必要ですし、糞尿の被害に困る気持ちもわかりますが、一方で猫が出歩くことで野ネズミやモグラを捕獲し、野鳥を追い払って畑や庭木の食害を守ってもいます。
ネコの食べのこしの餌が問題だ、といっても、実際には人間たちが排出するごみのほうがずっと多いわけで、それだけを目の敵にするよりも、地域住民で町の美化に勤めるほうが建設的でしょう。「餌をやるから野良猫がいる」のではなく「捨て猫をする人がいるから野良猫がいる」のです。
現在、全国でネコの里親制度が動物病院や自治体、ネコ愛好の市民団体とで連携して形成され、里親への譲渡会が催されています。日本でも今後、諸外国と同様、里親制度でネコを求めることが常識となっていってほしいものです。
近頃、筆者のすぐ近所にもネコカフェがオープンしました。香川県の伊吹島・佐柳島、宮城県の田代島、愛媛県の青島など、有名な「猫島」などの「辺鄙な」島がネコのおかげで人気の観光地となり、東京都の谷中や神楽坂、広島の尾道などでは地域猫が町のアイコンに。地域猫たちが人を癒す力は絶大です。
ネコの周囲には、不思議と穏やかな空気が流れます。発情期など特殊な時期をのぞき、ネコが日々平穏をむねに過ごしているからでしょう。ネコは相手に多くを求めず、自由を尊重します。それでいて、全身をあずけて甘えることもできる。人が及びもつかないしなやかさは、その体の柔軟性だけではなく、心のありようも同様だと思えてなりません。
(参考)
公益財団法人動物環境・福祉協会Eva駆除目的で捕獲した猫の引取りについて全国アンケート
伝説の生物「ヤマピカリャー」? 西表で目撃相次ぐ2007年12月27日