まだまだ朝晩は冷えますが、春の知らせが届き始める今日このごろ。先週金曜日は気温が18度近くまで上がり、春一番ともいえる風が吹きました。
そして、明治44(1911)年の今日(2月21日)は、明治の大文豪・夏目漱石が、文学博士の学位記を辞退した日です。
昨年秋には、ボブ・ディラン( Bob Dylan、1941年5月24日 〜)がノーベル文学賞を辞退?……という憶測が世界を駆けめぐったことも記憶に新しいところですね。
そこで今回は、過去に賞を辞退して話題になった著名人を調べてみました。
〈ただの夏目なにがし〉として暮らしたい
明治44(1911)年の今日(2月21日)は、明治の大文豪・夏目漱石が文部省からの文学博士の学位記授与を辞退した日、と冒頭で触れましたが、この一件は漱石が44歳の時のことでした。
明治44年の2月21日に実施される博士号授与式に際し、漱石は文部省に手紙を送ったのですが、その一部を引用すると……、
〈小生は今日までただの夏目なにがしとして世を渡って参りましたし、これから先もやはりただの夏目なにがしで暮らしたい希望を持って居ります〉
その後、漱石は「徹頭徹尾主義の問題である」とも語っていて、漱石の江戸っ子らしい、権威主義を嫌う、ある意味ではつむじ曲がりの性格を象徴するようなエピソードとして、今に伝えられています。
漱石の弟子で小説家の内田百閒(ひゃっけん)も漱石にならったのか(?)、同じような事件を起こしています。
1967年、日本芸術院の会員候補になったことを知った百閒は、弟子にこんなメモを託して芸術院に伝えました。
御辞退申シタイ
ナゼカ 芸術院ト云フ会ニ入ルノガイヤナノデス
ナゼイヤカ 気ガ進マナイカラ
ナゼ気ガススマナイカ イヤダカラ
この一件は「イヤダカラ、イヤダ」として話題になりました。
偏屈、わがまま、へそまがりとも言われる百閒先生らしいエピソードです。
ノーベル文学賞を辞退したサルトル
日本以外ではほかにもこんな例があります。
フランスの文学者ジャン=ポール・サルトルは、実存主義哲学の提唱者として、1960年代の世界的に大きな影響力を持ち、「嘔吐」などの小説家としても有名でした。
1964年にはノーベル文学賞に選ばれましたが、
〈いかなる作家も、そしていかなる人も、生きている間に神聖化されるだけの価値のある人はいません〉と言って、これを辞退します。
サルトルは公的な賞をすべて辞退しており、フランスで最高の勲章レジオン・ド・ヌール勲章も辞退しています。
勲章を王室に返還したジョン・レノン
ビートルズのジョン・レノンは、1965年にビートルズの一員として大英帝国MBE勲章を授与されていました。海外で多くのレコードを売ったため、国に経済的貢献をしたから、つまり外貨獲得のご褒美です。
しかし1969年に、レノンはは勲章を王室に返還します。理由として、
〈ナイジェリア・ビアフラの内戦に英国が関わっていること、この国がベトナムでアメリカを支援していること、『コールド・ターキー』(麻薬中毒がテーマとなったソロのシングル曲)がチャートで順位を下げていることに抗議して〉……と説明しています。
── 市井の人は、もらえるものはもらっておく、たとえ気にそまなくても世間の常識にとりあえず合わせておく……こんな態度をとることが多いでしょう。しかし、この人たちのいさぎよい態度には、小気味よさも感じますね。