本日12月24日はクリスマスイブ。この日の夜半過ぎの25日にイエス・キリストが厩で誕生した、という伝説にちなみ、キリスト教徒にとってはもっとも特別な祝祭日。クリスマスリースに使われる植物は常緑のヒイラギやモミは日本でもおなじみですが、ヨーロッパではヤドリギのリースもメジャーな存在。日本でも最近知名度を増しているようで、もしかしたら早速取り入れてるお宅もあるのでは? でもどうしてクリスマスにヤドリギ? 多くの日本人にはあまりなじみのない「ヤドリギ」ってどんな植物で、クリスマスとはどんな関係があるのでしょうか。
木々の葉が落ち、ヤドリギのグリーンボールが観察しやすい季節です
冬のこの時期、すっかり葉が落ちてむき出しになった落葉樹(サクラやミズナラ、カシワ、クワなど)の枝に、マリモを大きくしたような、ボール状の不思議な植物がくっついているのを見かけたことはありませんか? それがヤドリギ(宿木、mistletoe/Viscum album L. var. )です。全国に自生し、保与(ほよ)、 飛び木、飛び蔦、冬青など、さまざまな別称があります。
ヤドリギとは、広義にはビャクダン目に属するビャクダン科・オオバヤドリギ科・ミソデンドロン科の常緑の寄生植物の総称で、狭義には、クリスマスリースに使用されるセイヨウヤドリギ(European mistletoe/Viscum album L. )のこと。ボール状になる日本のヤドリギもセイヨウヤドリギの亜種で、日本でもかつてはこの一種のみを「ヤドリギ」と呼んでいましたが、ヤドリギがビャクダン目に分類されるようになり、同じビャクダン目の寄生植物全体のことも指すようになりました。日本にはこの他にも小型のシャコバサボテンかヒノキの葉のようなヒノキバヤドリギ(Korthalsella japonica)、つやつやした照葉樹のような葉をつけ、大きな木本に成長してしばしば宿主を枯らしてしまうオオバヤドリギ(Scurula yadoriki)、モミや松などの針葉樹に寄生するマツグミ(Taxillus keampferi)、冬に葉を落す落葉種で実の目立つホザキノヤドリギ(Hyphear tanakae)などが分布しています。
晩秋から冬にかけて半透明の球形の美しい実をつけ、それを冬の渡り鳥であるレンジャクやツグミ、留鳥のヒヨドリなどが好んでついばみます。セイヨウヤドリギの属名Viscumは、「とりもち」という意味で、甘い実はつよい粘り気があり、果実を食べた鳥が排泄すると種子をふくんだ糞はトリモチ成分で枝にくっつき発芽、宿主の枝幹に吸器(haustrium) と呼ばれる特殊な根を導管まで深く食い込ませて水溶性のミネラル分(マグネシウム、鉄、カリウム等)を宿主から得て成長します。その反面葉緑体を持ち光合成も行なう(光合成能力を失ったアメリカヤドリギもあります)ことから、「半寄生植物」と呼ばれています。
葉は2枚双生でワンセット、これが二叉にどんどん分岐していき、球形を形作ります。実は分岐部分の腋につきます。5~6ミリの半透明の宝石のような実で、日本の自生種は淡黄色から鮮やかなオレンジですが、ヨーロッパ種は白い実をつけます。
この白い粘り気のある実が動物の精液の象徴となり、古代ヨーロッパで信仰されたケルトの信仰では、聖なるオークの木(オークというとはじめて和訳された当時「樫」と訳してしまったため樫と思われがちですが、どちらかといえば楢の木に近く、葉は柏に似た落葉高木)に寄生したヤドリギをオークの神の「生殖器」ととらえ、このヤドリギをドゥルイド(ケルトの祭司)が金のなたで切り落として冬至の太陽の復活の儀式に用いました。
“Kissing under the mistletoe“ 「ヤドリギの下のキス」の起源って?
オークの木は落雷しやすかっため、雷神にして神々の王ユピテル(jupiter/ジュピター、ギリシャ神話のゼウス)の宿る木とされ、「王の木」といわれていました。ユピテルはまた光の原初神・過去と未来を支配する最高神ディアヌス(Dianus)、もしくはヤヌス(Janus)とも習合されています。そしてオークに寄生したヤドリギは、ユピテル、ディアヌスの生殖器であり、生贄を捧げる季節にドゥルイドは、黄金の三日月型の鎌でヤドリギを切り落としました。これはオークの神を去勢する儀式。アーリア民族の信仰では、神の身代わりとなって死ぬ役割を担う生贄は殺される前に去勢される習慣があったためといわれます。
切り落としたヤドリギは白い布で受け止められ、中空で霊力を保ったままのヤドリギのもと酒が供され、性の交歓が行なわれました。古い神を殺し、新たな神の新生を祝う儀式でした。
ゲルマン民族の神話ではヤドリギは、最高神オーディン(Wōden)の息子・光の神バルドル(Baldr、Baldur)を殺した植物として登場します。スノッリのエッダ( Snorra Edda)に記載された古い伝承によると、バルドルは母神フリッグ(Frigg)の契約により何者にもいかなる物体にも傷つけられない無敵の存在となりました。けれどもヤドリギだけは契約から外されていたために、祝いの席でバルドルに神々がさまざまなものを投げつけて遊んでいるとき、ヤドリギの秘密を知った邪神ロキ(Loki)にそそのかされたバルドルの異母弟・闇の神ヘズ(ホズル/Hǫðr)がヤドリギを矢にしてバルドルを射ると、バルドルは死んでしまいました。
このバルドルは、この世の終わりの日に再臨が待たれている救世主でもあり、キリスト教のキリストに対応するとされています。北欧では冬至の祭りにバルドルの人形とヤドリギを火のなかに投げ入れ光の新生を願う神事としました。日本のどんど焼きのようですが、バルドルは一度死に、地獄の道案内といわれるヤドリギをともなって冥界に落ちて再び再生する、というわけです。
神話ではヤドリギの矢によって死んだバルドルが蘇る一説も語られます。母神フリッグはたいそう喜び、涙を流します。 その涙はヤドリギの実となりました。
このことから、ヤドリギの下を通る者は誰であれそこで諍いをしてはならず愛に満ちた口づけを交わすのみである、という掟が定められた、とされています。欧米では「クリスマスの日に恋人達がヤドリギの下でキスをすると永遠に結ばれる」という言い伝えや、あるいはヤドリギのリースの下で男性にキスを求められた女性は応じなければならない、という風習もあるとか。男性は白い実のついたやどりぎの枝を赤いリボンで結んだものをあちこちにつり下げ、ここで出会った女性、少女にキスができます。しかしキスするたびにヤドリギの実を一つずつ摘みとっていき、実がなくなるともうキスは許されません。
これはバルドルの復活の涙の神話がもとでもあるとも、またオークの木の儀式の性の狂宴がかたちを変えて現代まで受け継がれているとも考えられています。今日でもこの風習はヨーロッパの古い家庭に残っているそうで、これを「Kissing under the Mistletoe」といい、ヤドリギにはKissing Bushという別名もついています。
このように、ヤドリギは長い時代を経て古い信仰とキリスト教が結びつき、「不死・復活・再生」の象徴、救世主(メシア・マイトレイヤー)のシンボルとして、クリスマスに飾られるようになったのです。
現代でも、新しいクリスマスソングの一節やポップソングにヤドリギがうたわれたり、ハリー・ポッターシリーズの一場面で重要なアイテムとして登場したりと、我々日本人には意外なほど、キリスト教、西洋文明の中で強い存在感を保ち続けています。
ガンの治療薬として使用され始めたヤドリギの効能って?
古代の儀式や魔法の世界だけではありません。ヤドリギは現代医療の最先端でもその効能を製剤として利用されています。
ヤドリギに免疫を刺激する強力な物質を含んでいることが判明し、ガン細胞をアポトーシス(自滅・Apoptosis)を誘導する力を持っていることが実証されたためです。
ヤドリギに見つかった二種の毒性成分、そのうちの一つであるビスコトキシンviscotoxinは、葉に多く分布しています。分子構造は蛇毒に類似し、細胞分解的作用と免疫系細胞の刺激の作用をもちます。もう一つはヤドリギレクチン。寄生根に高濃度に分布し、成長につれて増加します。細胞分裂を抑制し、癌細胞の成長を阻害するといわれています。
ヤドリギの抽出物質・イスカドール(Iscador)、アソレル(Isorel)、ヴァイソレル(Vysorel)、ヘリクサー(Helixor)、イスクシン(Iscusin)などの成分がWeleda社、Wala社などにより製剤され、手術・化学療法・放射線治療との併用や緩和療法に広く利用されていて、顕著な副作用の抑制・軽減効果や体調・食欲・睡眠障害の改善が見られるのだそう。EUでもドイツ、オーストリア、スイスにおいて、25%~60%の癌患者さんに処方されています。近年、中国や韓国でも保険適応で処方されるようになったとか。残念ながら、日本ではまだ認可されていませんが、いずれ使用されるようになるかもしれません。
美しいヒレンジャクやキレンジャクの群れが球形のヤドリギに集って実をついばんでいる様子は、冬のこの時期のちょっとした名場面です。是非さがしに行ってみてはいかがでしょう。
一般財団法人 日本植物生理学会
Viscum alba(ミスルトー)
ヤドリギエキス(PDQ®)
参考文献
金枝篇(J.G.フレイザー/国書刊行会)
植物の起源と進化(E.J.Hコーナー/八坂書店)
樹木(富成忠夫)