
<プロ野球ドラフト会議>◇22日
巨人がメジャーを視野に米国挑戦を表明している横浜の最速157キロ右腕、織田翔希投手(3年)を1位で強行指名した。他球団と競合せず、交渉権を獲得した。
織田は9月17日にプロ志望届を提出し、10月11日から14日にかけてNPB12球団と面談を実施。同15日に会見を開き「米国挑戦」を表明していた。
これまでも、選手側の事前表明にもかかわらず、強行指名が行われたケースはある。大谷翔平(現ドジャース)も花巻東時代、ドラフト前に進路をメジャー1本と表明していたが、日本ハムが指名に踏み切り、最終的に入団に至った。
過去のドラフトの主な強行指名
◆81年工藤公康投手(名古屋電気)熊谷組入りが内定。全球団に指名を断る通達まで出したが、西武が6位指名。根本陸夫管理部長が口説いて入団。
◆85年桑田真澄投手(PL学園)早大進学を表明する中、同僚の清原を1位指名するとみられた巨人が桑田を1位指名する大波乱。桑田は方針転換して入団。
◆89年元木大介内野手(上宮)相思相愛の巨人は1位大森内野手(慶大)に次ぐ2位獲得を目指したが、ダイエーが外れ1位で指名。入団拒否して浪人し、翌年1位で巨人入団。
◆94年城島健司捕手(別府大付)駒大進学を表明していたが、地元九州のダイエーが1位指名。王監督がすぐに会いに行き、結局入団。
◆98年新垣渚投手(沖縄水産)ダイエー以外なら九州共立大進学を表明したが、オリックスが抽選で交渉権獲得。入団拒否して進学。
◆08年長野久義外野手(ホンダ)巨人が1位指名の大田内野手(東海大相模)に次ぐ2位指名をもくろんだが、ロッテが強行指名。拒否して翌年1位で巨人入団。
◆11年菅野智之投手(東海大)巨人入りを熱望する中、強行指名の日本ハムが抽選勝ち。拒否して浪人となり、翌年1位で巨人入団。
◆12年大谷翔平投手(花巻東)ドラフト直前にメジャー挑戦の意向を表明も、日本ハムが事前に公表して単独1位指名。翻意は難しいとみられたが、4度の交渉の末に入団表明。
