
【244】<ファーム・ヤクルト6-2中日>◇12日◇戸田
久しぶりに中日の石橋康太捕手(25=関東第一)の配球を見させてもらった。やはり、感じることが多岐にわたるが、ここは後輩に辛めの意見を伝えたい。
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野球とは本当に考えることは無限にあるのだなと、後輩の配球を見てあらためて思わされた。プロ8年目石橋のキャッチングなり、配球なりをスタンドからじっくり見た。
関東第一から高卒で中日に入団してはや8年目。根尾と同期で、1軍での出場もそれなりにある。何より、私が中日2軍バッテリーコーチをしていた時に、母校からプロの世界に入ってきた後輩だ。やはり、特別な思いで、ユニホームを脱いだ後もその成長を見てきた。
高卒8年目と言えば、普通に考えればシーズンを通して1軍で出場していることが望ましい。そうでなければ、やはりこの秋口になると、心の奥底ではざわざわとするものだろう。どんな時も不安は拭えないもので、そういう意味では石橋も危機感を常に持ちながらこうしてファームの試合に出ているはずだ。
そういう後輩を、ここ戸田の球場でしっかりチェックできるのは、先輩としては熱もはいる。常にファームの選手はフラットな気持ちで見るように心がけているが、こと石橋捕手の動きについては、より厳しく、より細かく、より1球を選んだ背景を探りたくなる。したがって、重箱の隅をつつく解説になるのだが、それは読者の方も目をつむってほしい。
仮に石橋がこの記事を目にすることがあれば、これからも続くであろうプロ野球生活でのひとつの注意事項として、今後に生かしてもらいたい。何も考えていなければ、是非一度立ち止まって思いを巡らせてほしい。そういう点では、かなり私の思い入れが濃く、フラットとは言えないかもしれない。率直に言えば、そういう解説原稿となる。
テーマは高めのボール球の使い方だ。私もそれを意識して見ていたわけではない。いつもよりやや強めのテンションで試合に入り、石橋の配球をチェックしながら考えて見ていた。初回、中日は板山のソロで先制した後の1回裏の守りだった。先発は中西。この日は真っすぐがシュート回転する傾向よりも、外にボールをひっかけ気味の球質が気になった。2死から3番にストレートの四球。2死一塁で、4番セデーニョ、という場面だった。
初球、外角真っすぐでストライク。2球目は外角スライダーを打ってファウル。3球目フォークが外れてカウント1-2。4球目、外角高めがボール。5球目同じく外角高めがボールで、フルカウント。6球目スライダーかカットボールが甘く入り三塁線を破る二塁打で同点に追い付かれた。
カウント1-2と追い込みながら、4球目、5球目、石橋は中腰になって外角高めに構えていた。いずれも外れてフルカウントになるのだが、ここで疑問を抱く。なぜ、外角高めなのか、それもなぜ2球続けたのか。石橋のミットの位置からすると、明らかにボール球要求。中西はボール球にするという意図をもって投げていた。
この2球にどういう狙いがあるのかなと、何かひっかかりがあった。まず、いわゆるつり球というものがあるが、そのつり球という狙いがあるのなら、外角ではなく、真ん中よりか、あるいは内角で使うのがオーソドックスなつり球だろう。なぜなら、打者は体により近いボールに反応するからだ。
内角高めを要求して、投げた瞬間に高いと判断すれば見送るし、内角に厳しく来れば上体を起こされる。もちろん、高めが制球ミスによって打者の打ちごろの高さに来てしまえば、当然狙われるだろう。また、真ん中よりであれば、同様に高いと判断されれば見逃され、甘ければかなりの確率で仕留められる。
つまり、高めのつり球というのは、失投を加味すれば危険なボールだ。そういう部分を心配し始めると、もうすべてのボールには失投のリスクがある。そこはバッテリーも割り切って攻めていくしかない。そこを踏まえて言うならば、外角高めのつり球というのは、よほど高さもちょうど打者が手を出しやすく、かつ、外角いっぱいに制球しないと、なかなか手を出してくれない。
この場面、セデーニョは4球目にまったく反応しなかった。それは外角高めをボール球と見極めている証拠だと私は感じた。なのに、それを5球目も続けた。ここは今度石橋と顔を合わせた時にその背景を聞いてみたい。何事も、当人たちには理由がある。それを踏まえてからでないと、全部を決めつけることは良くない。
ひとつ、投手の特性として、内角高め、真ん中高めは、打者という対象物があるために、投手は比較的狙いやすい。打者に当てたくないという恐怖心が生まれることはあるが、それは対象物があるから出てくる心理ということだ。それが、外角高めとなると、打者からの距離が遠くなるために、どこまでが外角かを調整することが難しくなる。したがって、つり球にするケースが、私は極端に少ないと感じた。
データを取ったわけではないが、外角高めのつり球を、恐らく私はプロ生活で1度も要求したことがない。だから、この2球に違和感を抱いたのだと思う。石橋が中腰になった瞬間、ああ、追い込んだし、外国人選手だし、高めの真っすぐに手を出して空振りが奪えればいいと思ったかなと、直感的に思った。それが、外角で中腰になったことが意外だった。
かなり細かく、こだわって解説させてもらったが、わずか2球のつり球のことでこれだけ背景を要求されても石橋も当惑するかもしれない。しかし、連続したこの2球には、見ていた私の経験と知識からは意義が見いだせなかった。必要な1球だったのか、そして続ける必要があったもう1球だったのか。この疑問は試合中ずっと頭の中にあった。
この2球が致命傷になって負けたとは誰にも言えないだろう。しかし、先制しながらその裏に同点に追い付かれる布石となる2つの配球だったと反省する必要は感じた。
一方的に批判するだけでは良くないので、もう少し私としての考えを示しておきたい。高めのつり球を使うならば、その日の投手の真っすぐの球質をしっかり確認しておくこと、そして打者の打ち気を感じ、理想は空振りが奪えることだが、万が一にも失投した時のリスクはしっかり頭には入れておくこと、そして、打者は体に近いボールに反応しがちであるという原則を踏まえておくこと。
決して外角高めのつり球に意味がないとは言い切れない。先述したように、そこを選択した石橋の考えもあるだろうから、そこは私も確認して、私が知り得ない狙いがあるのなら、私自身も見識を深めたいと思う。仮に石橋にそこまで深く考えていなかったのなら、これを機に外角高めの使い方にもっと繊細になる、そういうきっかけにしてほしい。(日刊スポーツ評論家)
